徳岡(仮名)さん。80歳のおばあさん。一人暮らしです。
内服薬を飲み忘れてしまうので、
ヘルパーさんに服薬の確認をしてもらっています。
でも足は丈夫で、毎日散歩に出かけたり、
夕方になると、歩いて30分はかかるスーパーへ行って、
割引になった総菜を買ってくる、
「よく分かっている」人です。
「記憶障害が認知症の主症状」というならば、
このおばあさんはまさに“ザ・認知症”。
10分前のことも忘れてしまうおばあさんです。
でも、徘徊、物取られ妄想、幻覚など周辺症状といわれるものは
関わりを始めて5年間、全くありません。
なぜでしょう。「それは個人差があるから」?
そう言ってしまえばおもしろくない。
私は「メッチャ明るいから」ではないか、と思います。
このおばあさん、物忘れをギャグにするんです。
「どんどん忘れっぽくなって、頭にハナが咲いとる」と
両手を頭の上にやって、おどけて見せます。
物忘れを自覚して、それを受け入れて、おどけてみせる。
…もしかしたら、おどけていないと、
精神の安定を図ることができないのかもしれない。
「この物忘れがどんどん進行して、
何も分からない自分になってしまうんではないか」。
なんてこと考えると、やむにやまれないでしょ、普通は。
でも、明るく振る舞うことによって、
自分の弱さをさらけ出すことによって
気持ちを楽にしているのだろうな、と思います。
でも、とにかく明るくて、よくしゃべる。
で、今日はこんなことがありました。
一人暮らしなので、男性が上がり込むのを嫌われると思って、
ヘルパーさんの訪問時間に合わせてお邪魔するのですが、
今日はすれ違いで、ひさしぶりに徳岡さんと1対1で話をしました。
意外な一面を見ました。
今日はいつもと違う徳岡さんでした。
いつもと違う話をし始めたのです。
どんなことか、、というと、
「施設ってええだろうか。」って。
私は徳岡さんのことを
悠々自適、一人暮らしを楽しんでいる、
と思っていたのに、です。
一人暮らしの寂しさ、
というものを感じておられるのだな、と思いました。
「若いころはええよ~。仕事をしとる頃は、特に。
毎日忙しくて家に仕事を持って帰ったり、
休みの日も仕事に出たりしとって、
「あ~、早く引退できんかな~。」
っと思っとった。
上には怒られるしな~。
でも、この歳になってみると分かるわいな。
な~んにもする事がない。
これは辛いことだで。
あんたらはええわいな。
体も動くしな~。
できたら、あの頃に戻りたいわいな。」
歳を取ったときの喪失感。
体が思うように動かなくなる。
物忘れが激しくなる。
父母が逝く。
子どもたちが巣立つ。
友人たちが逝く。
仕事を引退する。
地域活動に参加しなくなる。
配偶者が逝く。
「人は一人で生きていけない」と言うけれど、
歳を取ると否応なく、
喪失を受け入れなければいけません。
若い頃に獲得したものを、
歳を取るにつれて少しずつ手放していく。
この寂しさは歳を取ってからでないと
味わうことはできないと思います。
想像してその気持ちに近づこうとすることはできるけど、
想像を超えるもの、
想像しようのないものかもしれません。
おそらくそうじゃないですか。
「その人の身になって」なんて安易に口にできない、
と思ったわけです。
話を合わせる、辛さを分かったように振る舞う、
ということはできるとしても。
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