宇田川さん(仮名)は、背中を向けていた。
顔を合わそうともしなかった。
その若きケアマネは、納得してもらえる理由を探して、
いろんな言葉を宇田川さんに伝えた。
「だから、すみません。
本当にすみませんでした。
いろいろ忙しくて、忘れてしまっていました。
60人も担当してるんで…。バタバタしてて。」
しかし、返事は何もなかった。
あれから宇田川さんはデイサービスに来なくなった。
何度か家に行って、様子を聞いてみたが。
そして、宇田川さんは介護保険を更新しなかった。
宇田川さんは60歳。
脳卒中で右半身麻痺になり、退職した。
杖を使って歩けるほど回復したが、
悪い方が常にしびれていて、
退職したことと体の痛みから家でふさぎがちだった。
それでもデイサービスは週1回通っていた。
正確に言えば、週1回のところを宇田川さんは2週間に1回にしていた。
休みがちだった。
嫌々、という感じだった。
行くことが義務であるかのように。
その若きケアマネは、自分の親のような宇田川さんが
嫌々デイサービスに通ってくることを知っていた。
そして
「年寄りのデイサービスに来ることは辛いだろうから」
と、ある日宇田川さんにこう言った。
「宇田川さん、まだ若いんだし、
無理にデイサービスに来ることはないですよ。
リハビリのほうが宇田川さんには合っていると思うし、
自分の力で病院に行ったらどうですか。
シルバーカーを使ったら、歩きやすいですよ。」
病院は宇田川さんの家から100㍍くらいのところにある。
幸いにも家にシルバーカーもある。
宇田川さんは少し顔を上げて柔らかな表情を見せた。
その若きケアマネには
「よく俺の気持ちが分かってくれたな。」と喜んでくれたように見えた。
宇田川さんの妻も賛成した。
「今度、一緒に病院まで行ってみましょう。」
と言って、訪問を終えた。
それから、一ヶ月。
その若きケアマネは宇田川さんのところに行くことはなかった。
忘れていたのである。
思い出したのは次の月の訪問の時。
宇田川さんの妻の顔を見たときであった。
「忙しいと思ったので連絡しませんでした。
お父さんは、練習だと言って、
あれから近所をシルバーカーで散歩していたんだけどね。
私も病院までついて行ってあげれば良いんだけど、仕事が忙しくて。」
と、妻は言った。
顔を合わすのが辛かった。
その若きケアマネは
どんな顔をして宇田川さんに会えばよいのだ、
と思いながら宇田川さんの部屋に行った。
宇田川さんは、背中を向けていた。
顔を合わそうともしなかった。
その日から宇田川さんは2週間に1回のデイサービスにも来なくなった。
訪問しても、
「なんか、会いたくないみたいで。
ごめんなさい、いつも来てもらっているのに、こんなことで。」
と妻に恐縮がられ、会うこともできなくなってしまった。
そのことを上司に話して、担当を替わってもらった。
でも、宇田川さんは頑なだった。そして介護保険も切れた。
4、5年経っただろうか。
その若きケアマネは、
スーパーで宇田川さんの妻に声をかけられた。
顔を見て、すぐに思い出した。
少し躊躇したが、
「宇田川さん、お元気にしておられますか。」と聞いてみた。
妻の顔が少し曇り、そして
「病院を入ったり出たり。なかなかだわ。」と答えた。
宇田川さんは、まだあのときのことを覚えているだろうか。
自分の犯した過ちの大きさを、
その若きケアマネは改めて感じたのです。