こんにちは
Family’s エスコーター
小林 まき です![]()
先日母の3回忌法要のため
実家の愛媛県に行ってきました
不思議なもので
母親が亡くなってからの方が
家族が接近し
助け合うように変化しています
父に至っては
後悔が先立つようで
法要の席で
ずっと
涙を流していました
母が亡くなる3年前
母親の認知症と
持病が悪化し始め
介護生活が本格的に始まり
施設の入居を考えていました
「お母さんには本当に苦労をかけてきた」
身勝手だった父親が
母の介護をすることを決心し
施設に入る契約を解約し
自宅での介護を決めたのです
当時の父は82歳
介護をするには
負担が大き過ぎます
私達兄弟がいくら
止めても
父の決意は変わりませんでした
それまでの父は
家族よりも
友人との付き合いを
優先し、殆ど家にいません
でした
母が父を憎んでいた事も
知っています
しかし
母の持病が悪化し
認知症が進行していく姿を見て
これまでの事を
償いたいという気持ちが
あったのだと思います
それから3年間
ほぼ寝たきりの母の
介護の殆どを
父一人でやりました
当初の母親は
父の事を拒否し
触らせようとしませんでしたが
父は
「お母さん良かったのう」
「お母さん可愛いのう」
「お母さん今まで悪かったのう」
「ありがとうなあ」
と、毎日丁寧に
母に語りかけました
次第に
母は父の事を少しずつ
受け入れて、やがて
二人で一つのように
暮らしていました
認知症が悪化しながらも
母は父を求め
父は母をいつも
想っていました
その後母は
亡くなる半年前に
心臓病が悪化し
入院を余儀なくされ
入院中の明け方に一人
で亡くなったのです
仏様になった
母の表情は
少し笑っていて
優しい顔に見えました
法要の席で
始終涙を流していた
父親でしたが
父にとって
介護ができた
この3年間は
後悔の穴埋めをする
大事な時間だったと
思います
その時間がなければ
今の父はなかっただろうと
思うのです
皆さん
想像してみて下さい
愛する人と
心を通わせられないまま
別れなければならない
としたら、私たちは
どれだけの大きな後悔に
苛まれることでしょうか?
もっと
伝えたい事が
あったのにと
後悔をするでしょう
後悔しても
戻ってこない時間に
自分を責めてしまうでしょう
私達は
明日が当たり前に来ると
思い込み
会話をなおざりに
してしまう事が
多いと思います
二度と同じ毎日は
来ないのです
私の両親のように
小さなひび割れに気付かない
まま、何十年も過ごし
後悔を残した人生になるかも
知れません
同じ家で
家族が集まれる期間は
人生の中でほんの少しの
時間なのです
今この瞬間は
二度と来ません
どんなに忙しくても
少しの時間でもいいから
一緒の時には
言葉を掛け合って
表情と目を見て
気持ちを伝える事が
大切だな と思います
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