平坦な道なのに、戸畑駅から西小倉駅間はすごーく遠く感じる。走っても、走っても、まだここかあ、と思う。

う。

過去最大級の痛みでへたり込む。

いだあ。

アタマに浮かんだのは、意外や

歩けないのに、どうやって帰ろうか?

という現実的な心配だった。

大丈夫ですかっ

自転車部隊かと思いきや、なんとその人は沿道から柵を越えてやってきた。

何者⁉︎

正義の味方には間違いなかった。40代くらいに見えたが、休日のビジネスパーソンといったブルーグレーのジャンパーを着て、手にはなぜか救急箱を下げている。

全く動けなくなったヘタレランナーにとり、それはもはや薬壺を携えた薬師観音様にしかみえなかった。

どこですか、痛いのは。

ここです。

膝横を押さえると

冷やしましょう。かなり走ってますから炎症でしょう。だいぶ楽になりますよ。途中転倒されてませんよね?

はい。

直接スプレーした方が早く効きます。裾を上げられますか?

「柵の向こうから来た男」てきぱきと診察してくれ、そのスムーズな流れに気づけば

あっ、はい。

と公道の真ん中でスネを露出するという大担シーンに臨んでしまっていた。

少し休んで、様子を見ましょう。まだ諦めなくて大丈夫ですよ。次の関門まで少しありますから。でも無理しないで下さい。

さっと柵の向こうに戻ると、薬師観音は歩道で薬壺の整理を始めた。

ん?

急に痛みが引き、立ち上がる。少し足踏みをしたが何ともない。

あ、ありがとうございます。行けそうです。

無理せず!

観音様に向き直りペコリと頭を下げ、私はゆっくりと歩き始めた。

まだ行ける?まだ間に合う?

ゆっくりと走り出す。

そこに、分厚い毛糸のカーディガンの前立てを両手で引っ張りながら背中を丸めているおばあちゃんが現れた。身を乗り出して、まっすぐにこちらを見ている。

お母さん⁉︎

出ることは言ってないはずだけど。

横を通り過ぎる時、

いつまで待たせるのよ?


初めて沿道からヤジを食らう。


ひっど。


頑張って!


寒がりのおばあちゃんはカーディガンの前を合わせながら早々に立ち去った。


あんなに寒がりなのに。昔から沿道のマラソン応援なんて信じられないと言っていたのに。


思い出した。レインボープラザのお遊戯発表の時も、鐡子が出ていなかったと、幼稚園まで掛け合いに行ってくれたんだっけ。本当はトイレに行って整列に待ち合わなくて、一番後ろにいたから見えなかっただけなんだけど。


あんたは出てなかった。


言い放った表情が目に浮かぶ。


あのさ、お母さんあん時から口が悪かったよねえ。


ちょっと笑ったら、元気になった。


あと少し、頑張れるかなあ。あとひとつ、関門を越えられたら。もう、これで最後だ。全部出し切ってやれ。


私は、ぐんっと地面を蹴って走り始めた。