ゴドウィンの法則というのをご存知でしょうか。
議論が(そのテーマや対象範囲に関わらず)十分に長引いたとき、遅かれ早かれ、別の誰か・何かをアドルフ・ヒトラーや彼の悪事になぞらえるようになることを指す、インターネットの格言である。(Wikipedia)
多くのニュースグループやインターネット上のフォーラムには、ヒトラーとの類比が行われた時点でそのスレッドは打ち切られ、それまでどんな議論が進行中であろうとその類比を持ち出した側が負けとされる伝統がある。(Wikipedia)
今回の学術会議報道では、やたらとヒトラーへの対比を目にするような気がします。
ちょっと検索しただけでも以下のようなニュース、記事が見つかりました。
(10月3日)
日本学術会議への"政治介入"は「令和の滝川事件」? 憲法が「学問の自由」を保障する理由
滝川事件の起きた1933年は、折しもドイツでヒトラーが政権を獲得して、独裁政治へと踏み出した年でもあった。
(10月4日)
菅政権による日本学術会議への人事介入は近代社会の破壊行為。著述家が官邸前で単身抗議のハンストを始めたワケ
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
(10月13日)
【日本学術会議】「和製ヒトラー」=菅首相の暴走を止められるか
野党が任命問題を徹底追及する構えなのは、“和製ヒトラー”のような菅首相から日本の「民主主義」「法治主義」を守ろうとしているためだ。
(10月23日)
ナチスドイツのヒトラーでさえも全権を掌握するには、特別の法律を必要としましたが、菅総理大臣は現行憲法を読み替えて自分がヒトラーのような独裁者になろうとしているのか
学術会議という存在、或いは、それが法でどう定められどう解釈されているのかについては全く無知なので、除外するということが適法なのかどうか、また仮に適法だったとしてもそのプロセスが適切だったのかどうか、そこは判断することができません。
ただ批判する側の言い方がいったい何様だと思うくらいに上から目線であることと、やたらレッテル貼をしているということがやけに目につきます。
そういうやり方では、なかなか『一般国民』の理解は得られないように思いますけどどうでしょうか(理解を得るつもりもないかもしれませんが)。