すべて、疲れた人、

 

重荷を負っている人は、

 

わたしのところに来なさい。

 

わたしがあなたがたを

 

休ませてあげます。

 

(マタイ11:28 新改訳)

 

 

 

この聖句を、何度、恨めしく思ったか、

 

この聖句に、何度、助けられたか、

 

私には分からない。

 

苦しみの渦中にある時に

 

この聖句を思い出すと、

 

なぜ自分には安息がないのかと思い、

 

その苦しみから解き放たれると

 

みことばは真であったと感心する。

 

本当に人とは都合の良い存在だ。

 

しかし、みことばは不変であり、

 

神が私たちに約束してくださったが故に、

 

決して不履行になる事はない。

 

だから問題は、その約束を信じられない

 

私たちの側にあるのだ。

 

福音書でイエスが「信仰はどうした?」と

 

度々、問われたのも

 

そこに理由があるのだろう。

 

「願わくば、みことばへの

 

不動の信仰を与え給え」と

 

神に祈りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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