多数決の原理にはパラドクスが含まれていることはよく知られている。「投票の逆理」とか「コンドルセのパラドックス」と呼ばれるものだが、それとは別のもっと単純なパラドクスがある。
「可否同数の場合は、議長が決する」という、議長の議決権についてよく知られた原則にパラドックスが含まれているのだ。
この原則で、最初の「可否同数」となった議決に議長が参加しているのかどうか。
多くの人がそう理解しているように、私も、議長は最初の議決に参加せず、その議決が可否同数になったときにのみ議決に参加するものだと思っていた。
しかし、多くの組織において、議決権がある者から議長が選ばれるのだ。議長に選ばれたら議決権に制限が生じるのはおかしいのではないか、という意見には正当性がある。確かに議決のパフォーマンスが挙手の場合、議長席の人間が手を挙げるのには違和感があるだろうが、秘密投票の場合は、逆に議長が投票できない方がおかしいと感じる。
そして、議長の議決権行使をどの段階で認めるのかという形式の問題が、どういう議決がなされるのかという内容を左右するというパラドクスが生じる。
A案とB案が拮抗していて、議長がA案に賛成だった場合、議長の議決権をどの段階で認めるかで、次のような事態が生じる。
(1) 議長が最初に議決権を行使できない場合。
A案49票、B案50票 → B案が議決される。
(2) 議長が最初から議決権を行使できる場合。
A案50票、B案50票 → 議長の裁定でA案が議決される。
(2)の場合、議長には二重投票権が与えられることになるから、均等待遇の原則から不可とする見解があるが、その見解を不可とする見解もある。
引用するのは、労働組合法第5条第2項第3号についての宮本安美さんの解説。中山和久他著『注釈労働組合法・労働関係調整法』(1989年、有斐閣)115頁。