還元算というとき、「文章題としての還元算」と「計算問題としての還元算」を区別して論ずる必要がある。
還元算というのは、もともとは文章題のことだった。
ここで誤解を生じないように強調すると、還元算は、江戸時代の和算には無かった。それは、明治時代になって、中学入試の受験算術として生まれた。今のところ、「還元算」という用語の初出は、明治43年まで確認できた。
還元算という言葉を使わないが、その解き方をしている(逆からさかのぼって未知数の値を求める)文章題は、明治30年代の参考書・問題集には見つけられた。
では、計算問題としての還元算(つまり、問題の式の中にある未知数□の値を求める)はいつからあるのか。
例によって、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」で調べると、『東京府立中学校高等女学校入学試験算術問題集 自明治38年至明治45年』と『中学校入学試験 算術問題の解き方』(こちらは、大正6年から大正9年の東京府立と開成など私立の中学校の入試問題)の2点で確認する限り、還元算の計算問題は出題されていない。
国定教科書はどうかと見ると、(これは、講談社の「日本教科書大系」近代編の第13巻と第14巻)、昭和10年以降に使われた第4期国定教科書(あの伝説の「緑表紙」!)が、初出であった。
「緑表紙」の5年生用の「公式」という章と「等式の問題」という章の中に全62問の還元算の計算問題がある。関連して、ごくごく簡単な文章問題も10問ほどある。(還元算という名前は使っていません。)
最も難しい問題は、次のような計算問題です。
10=(50-20)÷□
(7.4+4.6)×□ = 9.6
2
この他にも、整数、小数、分数の計算問題の中に□が出てくる。
「緑表紙」は、「還元算の計算問題」においても、それを載せない「黒表紙」とは異なる見解を示したわけです。
これからみると、「還元算の計算問題」は、明治・大正時代の中学入試には出題されていなくても、昭和に入ると出題されたのではないか、と推測されるが、今のところ、確認できていない。
戦後の教科書ではどうかというと、ちゃんと還元算(という言葉は使わないが)が載っていた時期があった。
(参照http://www.nicer.go.jp/guideline/old/ )
昭和33年施行「学習指導要領」の小学5年「数量関係」の箇所に次のようにある。
「簡単な場合に,未知のものにxなどの文字を使って数量の関係を式に表わし,それから逆算でxの値を求めること。(未知数が一つの項にだけ含まれる程度。) 」
昭和46年施行「学習指導要領」の小学5年「数量関係」の箇所は、次のようになる。
「イ 数量を表わすことばや,□,△などの代わりにa,xなどの文字を用いることを知ること。
ウ 簡単な場合について,文字にあてはまる値を求めること。」
昭和55年と平成4年施行の「学習指導要領」の小学5年「数量関係」は、上の(ウ)が消えて、(イ)に該当する部分が残っている。
平成14年施行の「学習指導要領」では、(イ)に当たる部分も消えてしまったようです。
しかし、現在の教科書でも「逆算」は皆無ではない。
手元にある平成15年発行の東京書籍の小学5年の教科書を見ると、「計算のきまりを見なおそう」という章に、
「□にあてはまる数は、どんな計算で求められますか。
(1)□×12=132 (2)□÷25=4 」
と、2問だけある。
これを、同じく東京書籍の昭和61年発行の小学5年の「等号を使った式」「χを使って考える問題」と比べると、雲泥の差がある。
問題文からχを使って式を立てさせる問題が、例題を含めて10問。χの値を求める計算問題が14問。
計算問題で難しいものは、次のようなもの。
χ×6×9=270 26+15+χ=75
文章題で難しいものは、次のようなもの。
長方形ABCDがABに平行な直線EDで分かれた図があって、AB=15cm、AE=14cm、ED=χcmとして、長方形ABCDの面積が360c㎡のときのχを求めという例題で、
15×(14+χ)=360
14+χ=360÷15
14+χ=24
χ=24-14
χ=10 答え 10cm
と計算している。
この教科書の他の問題を見ても、5-χ=2とか6÷χ=3という、χを求めるときにもともとの演算と同じ演算をするタイプの問題は避けていますね。戦前の国定教科書では避けずに載っているのに。
ともあれ、この80年代の教科書や戦前の教科書と比べても、現在の教科書が、「還元算」に限っても、やさしい(すぎる)という感は否めません。