ザ・ウォールは1979年に発売された歴史に残るコンセプトアルバムの最高傑作である。主人公ピンクはロジャー・ウォーターズと表裏一体の存在である。
全英3位・全米1位を記録し、全世界で3,000万枚以上売り上げるメガヒットとなった。また先行シングルとして発売された「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール (パート2) 」も全米・全英ともに1位を記録するヒットとなった。
アルバム制作は1978年7月よりイギリス・ロンドンにあるバンドが所有するブリタニア・ロウ・スタジオにて開始された。ロジャー・ウォーターズは、プロジェクトの規模の大きさ、複雑さ、そしてデヴィッド・ギルモアとの軋轢も考慮して、外部から協力者を仰ぐことを考えた。その結果、アリス・クーパーやキッスなどを手掛けたボブ・エズリンが招かれた。当時のウォーターズの結婚間もない妻キャロラインがエズリンの秘書を務めた事があり、エズリンの招聘もキャロラインの推薦によるものであった。
レコーディングが終盤を迎えた1979年秋、リチャード・ライトがウォーターズの圧力によって解雇されるという事件が起きる。『ザ・ウォール』プロジェクトではほとんど創作活動を行わなかったことや、同年の夏にギリシャへ家族と療養へ行き、レコーディング活動へ戻ろうとしなかったことが逆鱗に触れ、ウォーターズは他のメンバーに対し「ライトの解雇に同意しなければ、『ザ・ウォール』プロジェクトを中止する」と迫った。当時財政難に陥っていたことから他のメンバーもウォーターズの要求に応じざるを得ず、ライトはバンドのメンバーから正式に外されることになった。ライトはこの後「雇われミュージシャン」としてバンドに同行し、「ザ・ウォール」のコンサートツアーも全公演こなした。
[ザ・ウォール ストーリー]
主人公ピンク・フロイドは地位も名声も手中に収めたロック・スター。しかし一度ライヴを行えば数万という観客から膨大な喝采を浴びることに疲れ果てて、観客に対して背を向ける。そして、できれば幼少時代から徐々に築き上げてきた未完の「壁」を完成させたいと考え始めている。
時代は第二次世界大戦まで一気に遡る。大戦中に父親が戦死したのと前後してピンクは生まれた。彼にとっての父親の記憶はアルバムに残された写真だけである。父親不在という過酷な現実の中で、彼は壁を築き始める。また母親は戦死した父親の分まで異常なまでに過保護に愛情を注ぎながらピンクを育てていく。間接的に「壁」を築く手助けをしているとも知らずに。
ピンクは権威と忠誠を絶対とする学校へ通学するようになる。軍役を終えて世の中の全てに不満を持ち、また家庭においても安らぐことのない教師達は、その発散先として生徒にその矛先を向ける。ある意味で「戦争」とも言えるこの過酷な状況の中で、苦痛から逃れるためにピンクは「壁」をさらに築き上げていく。こうして幼少時代の純粋無垢なピンクの心を象徴する抜けるような青い空は、第二次世界大戦や悲惨な学校教育によってずたずたに踏みにじられていった。
やがて成人して音楽界に身を置くようになると全国各地をツアーし、他のロック・スター同様に酒や女に手を出していくが、やがてそんな彼も結婚する。しかし権力と富と名声に魅せられた彼は、父親が彼を残して遠い世界へ行ってしまったように妻から遠ざかっていく。
そんな中、ツアー先のホテルの一室から自宅へ電話したピンクは、妻が自分を裏切り、他の男と情事に耽っていることを知る。豪華な部屋に連れ込んだグルーピーを前に、自分が妻にした仕打ちを棚上げして自暴自棄になって大暴れする。絶望の淵に追いやられたピンクは、ついに壁の最後のレンガをはめ込み、現実社会との接点を全て絶つ。
「壁」の中の不快さに嫌悪して、ピンクは外部との接点を探し出そうとするが築いた壁はあまりにも高く、外界との接点が完璧に断たれた究極の孤立状態に置かれる。ピンクの心は現在と過去の間を行きつ戻りつしながら、人格はゆっくりと崩壊し始める。
しかしロック・スター「ピンク」のショーはもう間近に迫っている。医師達はピンクを正気に戻すために薬を投与し続ける。心地よい浮遊感に浸りながら、ピンクはロック・スターという仮面を剥ぎ取り、父親を死に追いやったファシストやピンクを苦しめた教師達と同様に、権力を振りかざす冷酷な独裁者として、ステージに登場する。そして、無遠慮な歓客達を次々に処刑していき、社会全体を恐怖で支配する妄想を抱く。
人格が完全に崩壊する一歩手前で罪の意識に目覚めたピンクは、彼の意識が作りだした、自分で自分を裁く法廷に出廷する。教師や妻が証人として出廷し、ピンクに不利な証言をする。そして裁判官は彼に壁を崩せという判決を下し、彼は開放されるのである。
