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2017-10-17 18:51:42

LOUDNESS / MUNETAKA HIGUCHI FOREVER OUR HERO

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ラウドネスの樋口宗孝追悼公演を収録した感動のライヴ映像作品。


2008年11月にドラマーの樋口宗孝さんが癌で他界。その数ヶ月の2009年2月14日に渋谷C.C.レモンホールで開催された樋口宗孝追悼公演の模様を収録している。


樋口さんの後任、あんぱんこと鈴木政行さんのドラミングは圧巻の一言。


高崎晃さんのギターもガンガン弾きまくっており、山下昌良さんのベースとあんぱんのリズム隊のコンビネーションの良さが伺える。


二井原さん、あの髪型何ですか?一瞬寝癖か!?と思いましたよ。声は絶好調!

演奏された楽曲は最初期とオリジナルメンバー再結成以降の楽曲。あくまでも二井原実さんがいた時代の楽曲を網羅している。


編集もやり過ぎで、二井原さんのMCがカットされている他、樋口さんが愛用していたドラムキットがステージ後方にあるけどあまり写らない。あくまでも演奏のみを収録した感じ。樋口さんとの思出話や友情の絆の話があってもいいと思います。何かと物足りない作品。でも、プレイは絶好調なんですよね。


最後、樋口さんのお父さんがステージ上にやって来て高崎さん、二井原さん、山下さんが涙を浮かべるシーンがある。悲しみを堪えながらのプレイだったことが非常に分かる。


樋口さんは永遠のヒーローである。ラウドネスは悲しみを乗り越え今もなお活動を続けている。


みんな泣きたくなったら思う存分泣いてくださいな。
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2017-10-15 23:09:40

切実に

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しぃちゃんに会いたい。
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元気にしてるかな?
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2017-10-12 15:43:56

「別れの一本杉」演歌巡礼第二部。高野公男先生の故郷へ。

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工芸の丘から桜川市方面に車を走らせると、笠間稲荷の大鳥居を抜けて国道50号線へと繋がる。


少し走らせ右に入れば高野公男先生の故郷である笠間市大郷戸に到着する。



大郷戸に向かう途中に高野公男先生の墓標が出迎えてくれた。
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「一本杉の 石の地蔵さんのよ 村はずれ」にこの墓標はあります。



船村徹先生は毎年高野公男先生の命日には必ず訪れていた。生家はこの先にあり、お墓もその近くにあります。


ここの墓標にある別れの一本杉の歌碑には船村徹先生が宛てた言葉が刻まれている。
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【「公男の歌魂よ、とこしえに ふる里の山海にねむる」平成十五年秋 船村徹】




ここまで友思いだとは。まさに友情の結晶そのもの。



墓標からまた山に向かって走らせると右側に高野公男先生のお墓がある墓地が見えてくる。


墓地は住宅の隣の山にあり、ここでは撮影はしないことにしました。高野公男先生を安らかに眠らせたいしね。



お墓は一番奥にあります。

そこにあった碑がこちら。

【高野公男(吉郎)の譜

昭和五年二月六日 茨城県笠間市大郷戸一六二番地に生まれる。
昭和二十年三月、西茨城郡北山内尋常高等小学校を卒業後、上京、小松川工業高校 向島工業高校を経て東洋音楽学校に入学、詩作の道に入る。
音楽学校の親友 船村徹と共に作詞 作曲のコンビを組み、戦後の日本歌謡界不朽の名作と云われる「別れの一本杉」を始め「あの娘が泣いている波止場」「男の友情」「早く帰ってコ」「ハンドル人生」「ご機嫌さんよ達者かね」「三味線マドロス」等、多くの名作を残す。
昭和二十九年、初夏、胸を病み、親友、船村徹との数多い友情物語りを残こし、昭和三十一年、国立水戸病院にて歿、二十六年間の短かくも悲しいドラマは終わった。
見知らぬ人々の歌声と共に】



ここに命日には必ず訪れる船村徹先生。本当に友思いだということが分かります。




船村徹先生がこの地に眠る高野公男先生へ宛てた言葉。

「友よ 土の中は 寒いのだろうか
友よ 土の中には 夜があるのだろうか
もしも 寒いのならば 俺のぬくもりを わけてあげたい
もしも 夜があるのならば 俺の手で灯りを ともしてやりたい
友よ 俺の高野よ
こおろぎの よちよち登る 友の墓石
 昭和四十三年秋 船村徹」



これを見た瞬間涙が溢れた。


肺結核で他界した高野公男先生の分まで生きると決めた船村徹先生。星野哲郎先生とのコンビを代表に内弟子を育てつつ数多くの楽曲を書き上げ、1993年には日本作曲家協会理事長に就任し1997年に吉田正の後を受けて第4代会長に就任。2005年に遠藤実へバトンタッチするまで務めた。


1995年に紫綬褒章受章
2002年に栃木県県民栄誉賞受賞
2003年に旭日中綬章受章
2008年に文化功労者
2014年に栃木県名誉県民
2016年には作曲家として初めて文化勲章を受章しました。



2017年2月16日の午前11時頃に神奈川県藤沢市の自邸の寝室で倒れているところを長男の蔦将包の夫人が発見し、藤沢市内の病院へ救急搬送されたが午後0時35分に心不全のため死去。84歳でした。


同年3月17日、日本国政府は2月16日付で従三位に叙することを閣議で決定した。



船村徹先生の魂。盟友との絆。心を揺り動かす美しい楽曲達はいつまでも輝き続けるでしょう。


別れの一本杉は決して枯れることはありません。


そう思いを馳せながら僕は「不滅の名曲 船村徹作品集」を聴きつつ地元大田原へと帰路に出た。



船村徹先生と高野公男先生の熱い信頼関係と絆が産んだ最高傑作。それが「別れの一本杉」です。
















「男の友情」


作詞 高野公男
作曲 船村徹
唄 青木光一



昨夜(ゆうべ)も君の 夢見たよ
なんの変りも ないだろね
東京恋しや 行けぬ身は
背のびして見る 遠い空
段々畑の ぐみの実も
あの日のまゝに うるんだぜ



流れる雲は ちぎれても
いつも変らぬ 友情に
東京恋しや 逢いたくて
風に切れ切れ 友の名を
淋しく呼んだら 泣けて来た
黄昏赤い 丘の径



田舎の駅で 君の手を
ぐっとにぎった あの温み
東京恋しや 今だって
男同士の 誓いなら
忘れるものかよ この胸に
抱きしめながら いる俺さ


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