#0127

 

 

    

 

35年間の経験と実績で

あなたのために

あなたの住まいを

全力サポートする工務店

リビングパートナーの

伊藤雄二です

今日もよろしくお願いします

 

 

はじめまして!

 

リビングパートナー

代表の伊藤雄二です

 

私のことを知っていただきたくて

私のこれまでの人生と

家づくりにかける想いを

このブログでお伝えしたいと思います

 

普段はなかなかお話しする機会のない

私のちょっとした半生や仕事への考え方

そして「リビングパートナー」という

会社に込めた願いなど

何回かに分けてお話しさせいただきます

 

少し長くなりますが

お茶でも飲みながら

お付き合い

いただけたら嬉しいです

 

どうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 夢のレールから

   まさかの脱線

 

 

1965年

私は埼玉県大宮市で生まれました

幼少期は福島県郡山市でのびのびと過ごし

中学二年生の時に親の転勤で石川県金沢市へ

ここ金沢での高校生活は

私にとって多くの学びと出会いを

もたらしてくれました

1984年3月

金沢向陽高校を卒業し

社会人としての歩みを始めます

 

実は

幼い時から私にはずっと

温めていた夢がありました

 

それは「特急列車の車掌さん」になること

当時の花形特急で仕事をされてた

白いスーツを着た車掌さんの颯爽とした姿

そしてお客様を目的地へ安全に送り届ける責任感

【イメージ写真】

 

そんな車掌さんの姿に

幼い私は深く憧れていました

 

国鉄の採用試験を受ける日を

心待ちにしていましたが

残念ながら国鉄の民営化という

大きな時代の流れに直面し

その年から採用がなくなってしまう

という現実を突きつけられました

私の夢の列車は

発車する前にまさかの脱線です(笑)

 

それでも

せめて鉄道に関わる仕事に

就きたいという思いは強く

鉄道郵便局の職員を目指し

郵政事務の試験に挑戦し

無事に合格することができました

【鉄道郵便車】

 

 

「これで少しは夢に近づけたかな」と

胸を膨らませていた矢先

今度は「鉄道郵便の廃止」という

知らせが届きました

2度目の脱線です

 

1984年3月、私は金沢南郵便局に

採用となりました

 

郵便の内務事務や窓口業務を5年間担当し

その後、総務課で給与担当として2

年6か月働かせていただきました

 

毎日、決まった業務を

滞りなくこなす日々でしたが

次第に私の心の中に

「本当にこのままで良いのだろうか?」という

疑問が芽生え始めました

 

もっと自分の実力を

試せる場所があるのではないか

もっと大きな目標に挑戦したい

そんな思いが募り

24歳を迎える1990年

私は思い切って

実力と実績が問われる

ハウスメーカーの営業職へと

転職しました

 

採用面接の際

当時のオーナーからいただいた言葉が

今も私の胸に深く刻まれています

 

「この会社の机、ソファー、絨毯、

そして社員の給料、そのすべては

お客様からいただいたものなのだよ」

 

この言葉に私は深く感銘を受け

「ここでなら、お客様のために尽くせる」と

この会社に生涯を捧げる覚悟を決めました

 

しかし

安定した郵便局での仕事とは全く異なり

営業の基礎すら知らない私にとって

そこはまさに試練の連続でした

 

当時

入社から3か月以内に実績を

残せなければ退職という

暗黙の了解があった中で

私は異例の「入社6ヶ月契約なし」という

ある意味“珍記録”を達成してしまいました

 

この時は本当に焦りましたが

この経験があったからこそ

後にお客様への感謝の気持ちを

より強く持てるようになったのだと

今では感じています

 

 

 

第2話に続きます

 

 

 

 

ゆったり・まったりできる住まいを
じっくり考えてみませんか?

 

 

住まいのことなら

なんでもお応えします

 

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