憎かった。
その薬漬けと長い引きこもりのせいで青白くなった肌も、ボサボサでだらしの無い髪も、風船のように膨れ上がった図体も、爛れた瞳も、全てが不潔で気持ち悪かった。
だから私は兄に触れないように6年間気をつけて過ごしてきた。(最も、兄は自分の部屋から出てこないし、私もなるべく家を離れるようにしていたのでその姿を見かけることは少なかったけれど。)それでも私は兄の部屋に入らざるを得ないときがごく稀にあった。母が仕事で家を開けているときと、また彼女がこの悪夢とも呼べる生活に疲労困憊し、床に臥しているときだ。
私は決して部屋から出ようとはしない兄の為に食事を作り、部屋へ運んだ。
以前は内鍵がついていたが、私達が部屋へ入るのを鍵をかけて拒む為、父に寄って取り外された。初めの内は内側からガムテープを貼ったり机や棚をドアの前に置いていたりしたが、その度父に怒鳴られ殴られたので最近はもうやらなくなった。
兄の部屋はなぜか酸っぱい臭いがした。兄自身がそういう体臭をしているので、24時間365日のほぼ全てをその場所で過ごす内に部屋そのものが兄と同化してしまったのではないかと思った。陽の光を浴びない壁はまるで張り替えたばかりのように真っ白だ。
兄は大抵そこで丸い体をさらに丸くさせてゲームをしていた。
ババババだとかドンッだとかそういう鈍い銃声と共に次々に人を殺していく兄の姿を見た。それはもちろんゲームの中の世界だけれども、まるで民間人を殺すことが当然で、それはコップに入った水を飲むことぐらい日常的であるかのように無表情で殺害していく兄に鳥肌がたった。その手のゲームを見たことが初めてな訳ではなかったけれど、ここ何年も誰とも口を聞かずに滅多に外に出ない人間がしているのを見るのとでは全く違った。
だって彼は実際に人を殺しそうだから。殺しかねないから。
家族を殺害した少年のニュースは何度か目にしていた。その度首から下だけうつったラフな格好の近隣住民達が「おとなしい子だった」だとか「滅多に見かけたことがない」だとかご家族にお悔やみ申し上げますとでも言いそうな声音で話すのだ。
私はそれを見るたびに寒気がする。そしてあの白目がちで気味の悪い目玉をギョロつかせながら私に近づいてくる兄を想像する。
右手には金属バット。兄は激しい息遣いとは対照的にゆっくりとこちらに歩いてくる。右手で大きく振りかぶった。胸の贅肉が大きく揺れる。左半分の顔に鈍い衝撃がある。まだ痛みは感じない。ただ右耳に聞こえたのは何かが潰れたような音。
手がカタカタと震えていた。想像する度悪寒が走る。私はこの想像を脳内から消去する為に頭をブンブン左右に振った。
「ご飯だよ」
私がそう言っておぼんを机の上に乗せるが、兄は黙ったままテレビ画面を見ていた。机の上にあった薬瓶が目に入る。精神科で貰った精神安定剤と睡眠薬、ゲームばかりしていてすぐ頭痛を起こす為、頭痛薬もある。精神安定剤を飲むとその副作用としてだるさや無気力があると母に聞いたことがあるが、兄は一日の半分を睡眠、そしてその半分はゲームをして過ごしている様だった。私はそんな兄の反複するだけの毎日を憐れに思った。そして強く願うのであった。早く死ね。
四人家族の私の家は裕福ではなった。
父がタクシーの運転手をしていて、大した給料が貰えないので母がパートでスーパーのレジ打ちをしていた。
頑固で亭主関白で、「父親の威厳」が口癖の父は兄が引きこもりを始めた最初の1年こそ、ベットから離れず学校に行こうとしない兄を怒鳴り、殴り、時にはバケツにたっぷりと入った冷たい水を頭からかけたこともあったが、まるでそんな人間は存在していなかったかの様に今はやせ細った体に白髪を混ざらせ、生気を失ったまま日々を過ごしている。
ストレスで一日ずつ年老い変わり果てていく父の姿を見て母と泣いたことがあった。どうしてお父さんがあんな風にならなくてはいけないの、私は泣き叫んだ。
お兄ちゃんさえいなければこんなことにならなかったのに。母はただ涙を流しながら首を振るだけだった。
兄はどんな声だっただろうか。兄はどんな話し方だっただろうか。
私はもう忘れてしまった。彼はもう6年間何に対しても言葉を発することがなかった。
唯一私達に向けられるリアクションは頷くことと、首を振ることだった。
憎かった。憎かった。早く死んでしまえばいいと思った。殺してしまおうかとも思った。しかしこんな糞みたいな人間を殺して一生を棒に振るのも嫌だった。
自殺してよ、一度だけ言ったことがある。母が初めてストレスで床に臥せたとき、兄の部屋で呟くようにそう言った。
自殺してよ。樹海にでも行って、どうやって死のうがどうだっていいから。早く死んでよ。
兄は私の声が聞こえなかったのかコントローラーを連打した。
いや、実際彼は聞こえてなかったのだ。彼の耳に届く言葉はこの世にはきっと存在しない。
中学2年生のとき私は家族の問題を、兄のことを一切忘れようと思った。
だから私は友人には一人っ子だと言ったし、家で兄の話をすることもなくなっていた。
それでも時々兄との記憶が不意に頭をよぎることがあった。
幼稚園生のとき家族で行った那須高原、そこのサファリパークで初めて本物のライオンを見たこと。二人で支えあうようにして一つのニンジンをうさぎにあげたこと。小学生のとき、兄が遠足で行った鎌倉で取ってきた松ぼっくりを私にくれたこと。お母さんとお父さんの分は持ってないから、秘密だよ、と言ったこと。近所のおばさんが飼い始めたラッキーという名前の大型犬を見に行ったこと。予想以上に大きくて、怖くて、手を繋いで走って帰ったこと。
確かにあのとき二人は笑っていたのだ。兄は微笑んでいたのだ。それがどうしてこうなってしまったのだろう。
涙が頬を伝って落ちた。何が間違いなのだろう、どこで間違ってしまったのだろう。
噛み締めた歯がガチガチと触れ合う音が聞こえた。呼吸は嗚咽となって漏れた。
兄が憎かった。全てを変えてしまった兄が。父を衰弱させ、母を蝕み、私を奈落の底に落とした兄が憎くてたまらなかった。
しかし兄はあのとき私と一緒にニンジンを持ったし、私に松ぼっくりをくれたし、手を繋いで走ったのだ。兄はあのとき笑っていたのだ。
兄が憎かった。でも愛しかった。憎い。愛しい。憎い。愛しい。憎い。愛しい。
私は崩れ落ちた。泣き叫んだ。
ドンッという単発の銃声音がしてから、バババババと鈍い連続した音が聞こえた。




