エジプト南部ルクソールで、日本人4人を含む19人が死亡した熱気球の爆発事故が起きた。
操縦士の操作ミスが直接の原因であり、また彼が逃げてしまったことも報道されたこともあり、
確かに悲惨な事件だとは思うけれど、それでも簡単に被害者達が「可哀想だ」とは思わない。
例えば、これが、電車に乗っていて事故が発生した!とかエレベーターの故障で
事故になった!というなら、話は違う。
しかし、気球に乗るのはお金を払って楽しむ【娯楽】だ。
ジェットコースターや、バンジージャンプなんかの類と同じで、もしかしたら・・・
という恐怖も含めて了解されるようなものだ。
ましてや、気球は気圧や風など人間の力の及ばないものに左右されるのだから、
それ以上に慎重にならなければいけない。
さらに言えば、これは海外での出来事だ。
昨年に、イタリアで豪華客船の座礁事故が起きた時も、船長は事態の収拾を図ることなく、
自分だけ一目散に逃げてしまい、かなりの批判を浴びたことは記憶に新しい。
これらのことを考慮するまでもなく、日本人の職業意識と外国人の意識にはかなりの
乖離があるのは、オレも仕事柄、十分に思い知らされた。
今回の事故は、不慮の事故であったとは言え、日本人にとってはいまだに
【安全】の裏に潜む【危険(リスク)】への意識の低さが露わになったような気がした。
レスリングが2020年五輪から除外されるという話題。
厳密にはまだ決定したわけではなく、9月にブエノスアイレスで行われるIOC総会で
最終決定されるらしい。
10数年来のプロレス好きのオレは、はっ?となった。
レスリングは、そもそも古代ギリシャで行なわれていたパンクラチオンが起源と言われており、
これをルール化したものがレスリングとして近代五輪の第一回アテネ大会から正式種目として
認知されている。
歴史あるスポーツでも、表舞台から消えていくものもある中で、これだけの競技人口を
誇っているレスリングがターゲットにされた。
そもそも、除外競技としてテコンドーや近代五種が有力とされていた。(中には体罰問題
の起こったばかりの柔道という眉つば話もあった)
ここにIOC(国際オリンピック委員会)の掲げるオリンピックの哲学(オリンピズム)
への矛盾がある。
近代オリンピックの本来の理念は
【人類が共に栄え、文化を高め、世界平和の火を永遠に灯し続けること】
だそうだ。こういったものは、同じようなことをW杯を運営するFIFAも謳っている。
おそらく、多くの人々は鼻で笑うと思うが、それでも理念は理念なのだから、これに
難癖をつけるつもりもない。ましてや、IOC内部の政治力や金についても、
ワールドカップ同様もはや大きな利権となっていることを考えれば、目を瞑ることも
構わない。
しかし、許しがたいのは、その理念を少なくとも建前上は守っているふりをすべき連中が
それをせず、それについて考えもしないことだ。彼らは
【自分達が栄え、文化を破壊し、世界平和には無関心であり続け】ているように見える。
なぜなら、オリンピック招致や競技選考は今やただのマネーゲームの場となっているし、
勝手に歴史あるスポーツのルールを自分達の都合のいいように変更したり、除外し、
そして、しまいには競技中のの政治的アピールすら、ほとぼりが冷めた頃に何事も
なかったかのような対応をするのだから。
白人至上主義と拝金主義。この本音を隠しきれないところに組織としての、そして
理念自体の稚拙さを感じるのだ。
厳密に公正である必要はないが、公平感だけは演出するべき。
文化を高めるというのなら、その文化の根っこにある歴史の重要性を
もっと強く認識してもらいたい。
これはレスリング除外だけの問題ではないのだ。
厳密にはまだ決定したわけではなく、9月にブエノスアイレスで行われるIOC総会で
最終決定されるらしい。
10数年来のプロレス好きのオレは、はっ?となった。
レスリングは、そもそも古代ギリシャで行なわれていたパンクラチオンが起源と言われており、
これをルール化したものがレスリングとして近代五輪の第一回アテネ大会から正式種目として
認知されている。
歴史あるスポーツでも、表舞台から消えていくものもある中で、これだけの競技人口を
誇っているレスリングがターゲットにされた。
そもそも、除外競技としてテコンドーや近代五種が有力とされていた。(中には体罰問題
の起こったばかりの柔道という眉つば話もあった)
ここにIOC(国際オリンピック委員会)の掲げるオリンピックの哲学(オリンピズム)
への矛盾がある。
近代オリンピックの本来の理念は
【人類が共に栄え、文化を高め、世界平和の火を永遠に灯し続けること】
だそうだ。こういったものは、同じようなことをW杯を運営するFIFAも謳っている。
おそらく、多くの人々は鼻で笑うと思うが、それでも理念は理念なのだから、これに
難癖をつけるつもりもない。ましてや、IOC内部の政治力や金についても、
ワールドカップ同様もはや大きな利権となっていることを考えれば、目を瞑ることも
構わない。
しかし、許しがたいのは、その理念を少なくとも建前上は守っているふりをすべき連中が
それをせず、それについて考えもしないことだ。彼らは
【自分達が栄え、文化を破壊し、世界平和には無関心であり続け】ているように見える。
なぜなら、オリンピック招致や競技選考は今やただのマネーゲームの場となっているし、
勝手に歴史あるスポーツのルールを自分達の都合のいいように変更したり、除外し、
そして、しまいには競技中のの政治的アピールすら、ほとぼりが冷めた頃に何事も
なかったかのような対応をするのだから。
白人至上主義と拝金主義。この本音を隠しきれないところに組織としての、そして
理念自体の稚拙さを感じるのだ。
厳密に公正である必要はないが、公平感だけは演出するべき。
文化を高めるというのなら、その文化の根っこにある歴史の重要性を
もっと強く認識してもらいたい。
これはレスリング除外だけの問題ではないのだ。
私事ですが、近々レーシック手術をすることに決めました。
暗がりで本を読むことが常態化していた我が家では当たり前のように
姉貴もオレも小学生の頃にはメガネをかけていたもので(ちなみに読書嫌いな弟は例外 笑)
気付いた頃には、目を覚ませばボンヤリな世界しか知らない身です。
正直、いわゆるレーシック難民となった人々の話をネットで見るにつけ、
生来のネガティビストのオレは早くも失敗した時の絶望感を想像しています。
それでも90%の不安を持ちつつ10%の希望を抱いた自分の微かな楽観に
身を任せてみようかなと思った次第であります。
万全を期すため、都内でも有名なクリニックの最も高いコースを選択。
成功さえすれば、歳も考えず、つい朝まで飲んでしまうどうしようもない性分に
拍車がかかる懸念も抱きつつ、3月の中頃には手術を受けます。
もし、4月以降にこのブログの更新がパタッと止まったら察してください。
でも、その頃に笑顔でいたら、飲みに付き合ってください(笑)
以上、心の不安を吐露させて頂きました。
だって、怖いんだもん
(._.)
暗がりで本を読むことが常態化していた我が家では当たり前のように
姉貴もオレも小学生の頃にはメガネをかけていたもので(ちなみに読書嫌いな弟は例外 笑)
気付いた頃には、目を覚ませばボンヤリな世界しか知らない身です。
正直、いわゆるレーシック難民となった人々の話をネットで見るにつけ、
生来のネガティビストのオレは早くも失敗した時の絶望感を想像しています。
それでも90%の不安を持ちつつ10%の希望を抱いた自分の微かな楽観に
身を任せてみようかなと思った次第であります。
万全を期すため、都内でも有名なクリニックの最も高いコースを選択。
成功さえすれば、歳も考えず、つい朝まで飲んでしまうどうしようもない性分に
拍車がかかる懸念も抱きつつ、3月の中頃には手術を受けます。
もし、4月以降にこのブログの更新がパタッと止まったら察してください。
でも、その頃に笑顔でいたら、飲みに付き合ってください(笑)
以上、心の不安を吐露させて頂きました。
だって、怖いんだもん
(._.)
諸々、最近のニュースについて。
AKB48の峯岸みなみちゃんのお泊まり報道と
その後の坊主騒動にはとにかく辟易している。
こんなもんNHKが報じるようなもんじゃないし、
あの坊主写真がテレビやスポーツ紙の一面で
報じられたのを見て、もう馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
まるで、人間に囚われた宇宙人みたいで、一瞬東スポの
一面かと思ったよ(笑)
スキャンダルとか大袈裟に言うが、たかだか、
それがアイドルという立場はあるにせよ、二十歳そこそこの男女の恋愛。
バレたことは悪いが、やってることは至極普通のことで、
それを大人が本気でやいのやいのと言っている方がよっぽど
異常じゃないか。
どこに不祥事を起こした女子社員が丸坊主にする会社があるんだ?
つまりは、芸能界というのはあくまで異質な世界なのだから、
遠くから眺めておくのが、一般人の正しい振る舞い方だ。
正直、例の坊主姿の泣き顔を見て、周りの大人は何をやってるのかと
胸くそ悪くなった。
次に、柔道元金メダリストの内柴正人氏。
5年の実刑判決が出て、それに伴い、金メダルの
返上が検討されているそうだが、
別に金メダルは彼が不正をして得たものではなく、
あくまで、競技の中の勝負で勝ち取ったものだ。
もちろん、不倫はよろしくないし、教え子に
手を掛けるのも褒められたことじゃない。
事の真相は分からないが、準強姦罪ということで、
罪を償うことは免れないだろうが、それだって、
女の言い分次第では、男は冤罪だろうがなんだろうが、
どうとでもされてしまう世の中だから、報道された事が全て事実
というのはちょっと眉唾くらいに思っている。
すぐに控訴したらしいので、ひとまず経過を見守りたいが、
とにかく、過去の功績まで亡きものにするのは過剰な反応だと、
それだけは言っておきたい。
最近はまた地震が多いし、インフルエンザだけじゃなく
風疹も流行の兆しがあるようで、ゆっくり休むのも仕事のうち。
皆様も、十分に気を付けてお過ごしください。
AKB48の峯岸みなみちゃんのお泊まり報道と
その後の坊主騒動にはとにかく辟易している。
こんなもんNHKが報じるようなもんじゃないし、
あの坊主写真がテレビやスポーツ紙の一面で
報じられたのを見て、もう馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
まるで、人間に囚われた宇宙人みたいで、一瞬東スポの
一面かと思ったよ(笑)
スキャンダルとか大袈裟に言うが、たかだか、
それがアイドルという立場はあるにせよ、二十歳そこそこの男女の恋愛。
バレたことは悪いが、やってることは至極普通のことで、
それを大人が本気でやいのやいのと言っている方がよっぽど
異常じゃないか。
どこに不祥事を起こした女子社員が丸坊主にする会社があるんだ?
つまりは、芸能界というのはあくまで異質な世界なのだから、
遠くから眺めておくのが、一般人の正しい振る舞い方だ。
正直、例の坊主姿の泣き顔を見て、周りの大人は何をやってるのかと
胸くそ悪くなった。
次に、柔道元金メダリストの内柴正人氏。
5年の実刑判決が出て、それに伴い、金メダルの
返上が検討されているそうだが、
別に金メダルは彼が不正をして得たものではなく、
あくまで、競技の中の勝負で勝ち取ったものだ。
もちろん、不倫はよろしくないし、教え子に
手を掛けるのも褒められたことじゃない。
事の真相は分からないが、準強姦罪ということで、
罪を償うことは免れないだろうが、それだって、
女の言い分次第では、男は冤罪だろうがなんだろうが、
どうとでもされてしまう世の中だから、報道された事が全て事実
というのはちょっと眉唾くらいに思っている。
すぐに控訴したらしいので、ひとまず経過を見守りたいが、
とにかく、過去の功績まで亡きものにするのは過剰な反応だと、
それだけは言っておきたい。
最近はまた地震が多いし、インフルエンザだけじゃなく
風疹も流行の兆しがあるようで、ゆっくり休むのも仕事のうち。
皆様も、十分に気を付けてお過ごしください。
ちょっとばかり古い話で申し訳ないけれども、元旦に親父と駅の喫茶店で待ち合わせを
していて、大晦日の紅白の話題になった。
親父が言うには、とにかくよく分からんと。
なぜ、この歌がそんなに売れるのか、支持されるのか。歌詞を聞いてもさっぱり
耳に届かん、そんな歌ばかりだった、と言う。
オレは、「そら、もう歳なんだから、無理に若い子の曲を理解せんでええ(笑)」
ってことでまずはたしなめたが、それでは納得させられん。
ブログで交流させて頂いてる方の中にも、過去の好きな曲をアップしておられる方が
結構いて、あえて聴く機会があると、やっぱりいいなぁと改めて思うこともあります。
オレは、以前にも書いたかもしれないが、小さい頃は母親が非常に厳しかったために、
小学校1年頃の娯楽と言えば、外で友達と遊ぶ、家にいる時は本を読むか、親の持っていた
歌謡曲全集みたいなものをずっと聴くことだった。
そんな調子なので、小学校も2年生の頃にはアカペラで関白宣言を鼻唄まじりで歌うような
ちょっと変な子供だった。
ちなみに、当時聴いていて今でもオレの十八番になっているのは、
さだまさし、加山雄三、いるか、かぐや姫、吉田拓郎、中島みゆきあたり。
その世代のフォークソングあたりから、90年代のまさに自分の年代の曲、
その名残のあった00年代前半から、現在にかけて、ある程度色んな曲を聴いてきて
思ったことは、歌というモノ自体の不変さと歌に対する意識の変質だ。
気づけば、いつの頃からかシンガーソングライターなる呼称が、当たり前のように
使われていて、歌も歌詞も作曲も自分でやりますというようなお手軽な感じが
ある。
しかし、かつては、さすがプロといえるような人間が、溢れ出る思いを込めて作曲し、
また書いた歌詞に、プロの歌手が自らを投影して命を吹き込んでいく重厚な作業工程
があったはずで、歌詞の一つ一つにそういう何人もの人生の重しみたいなものがあった。
だからこそ聴く側も、その歌詞に自分の置かれた人生を重ねることで、一つの歌から
幾つもの感情の詰まった思い出がそれぞれに用意されたんではないか。
一方で、現代の曲をいっしょくたに批判するつもりはないが、【歌詞の重し】は取れ、
非常に分かり易い、平易な言葉が並ぶ事で、多数の薄い共感を集める事はできている。
しかし、それ以上のものが、そこから生まれる余地はないように思うのだ。
つまり、簡単に言わせてもらえば、歌が聴く側にも歌う側にも作る側にも人生そのものだった
時代から、今や単なる数ある娯楽の中の一つに成り下がったということじゃないかと
感じている。
決して古いものを全て肯定するつもりも、新しいものを全て貶すつもりもない。
ただ、案じていることは2つ。
彼らが20年後くらいに、酒の肴に思い出話をする話題が、キャリーぱみゅぱみゅやAKBで
いいのか?その子たちの面倒みる歳になった自分は、それを受け入れられるのか?
である。
できれば、一瞬の娯楽は一瞬の娯楽として楽しみながら、本当に良いものに積極的に
触れられる良き感性の持ち主であってもらいたいと願うのみだ。
余談だが、今では好々爺ならぬ好々婆のような中島みゆきさんも、かつては
子供心に怖さすら感じるような本当に鬼気迫る歌詞と歌い方をする人だった。
でも、最近のドラマや映画に出ている、中島さんを見て、ちょっとほっこりするのも
事実なんだ(笑)
していて、大晦日の紅白の話題になった。
親父が言うには、とにかくよく分からんと。
なぜ、この歌がそんなに売れるのか、支持されるのか。歌詞を聞いてもさっぱり
耳に届かん、そんな歌ばかりだった、と言う。
オレは、「そら、もう歳なんだから、無理に若い子の曲を理解せんでええ(笑)」
ってことでまずはたしなめたが、それでは納得させられん。
ブログで交流させて頂いてる方の中にも、過去の好きな曲をアップしておられる方が
結構いて、あえて聴く機会があると、やっぱりいいなぁと改めて思うこともあります。
オレは、以前にも書いたかもしれないが、小さい頃は母親が非常に厳しかったために、
小学校1年頃の娯楽と言えば、外で友達と遊ぶ、家にいる時は本を読むか、親の持っていた
歌謡曲全集みたいなものをずっと聴くことだった。
そんな調子なので、小学校も2年生の頃にはアカペラで関白宣言を鼻唄まじりで歌うような
ちょっと変な子供だった。
ちなみに、当時聴いていて今でもオレの十八番になっているのは、
さだまさし、加山雄三、いるか、かぐや姫、吉田拓郎、中島みゆきあたり。
その世代のフォークソングあたりから、90年代のまさに自分の年代の曲、
その名残のあった00年代前半から、現在にかけて、ある程度色んな曲を聴いてきて
思ったことは、歌というモノ自体の不変さと歌に対する意識の変質だ。
気づけば、いつの頃からかシンガーソングライターなる呼称が、当たり前のように
使われていて、歌も歌詞も作曲も自分でやりますというようなお手軽な感じが
ある。
しかし、かつては、さすがプロといえるような人間が、溢れ出る思いを込めて作曲し、
また書いた歌詞に、プロの歌手が自らを投影して命を吹き込んでいく重厚な作業工程
があったはずで、歌詞の一つ一つにそういう何人もの人生の重しみたいなものがあった。
だからこそ聴く側も、その歌詞に自分の置かれた人生を重ねることで、一つの歌から
幾つもの感情の詰まった思い出がそれぞれに用意されたんではないか。
一方で、現代の曲をいっしょくたに批判するつもりはないが、【歌詞の重し】は取れ、
非常に分かり易い、平易な言葉が並ぶ事で、多数の薄い共感を集める事はできている。
しかし、それ以上のものが、そこから生まれる余地はないように思うのだ。
つまり、簡単に言わせてもらえば、歌が聴く側にも歌う側にも作る側にも人生そのものだった
時代から、今や単なる数ある娯楽の中の一つに成り下がったということじゃないかと
感じている。
決して古いものを全て肯定するつもりも、新しいものを全て貶すつもりもない。
ただ、案じていることは2つ。
彼らが20年後くらいに、酒の肴に思い出話をする話題が、キャリーぱみゅぱみゅやAKBで
いいのか?その子たちの面倒みる歳になった自分は、それを受け入れられるのか?
である。
できれば、一瞬の娯楽は一瞬の娯楽として楽しみながら、本当に良いものに積極的に
触れられる良き感性の持ち主であってもらいたいと願うのみだ。
余談だが、今では好々爺ならぬ好々婆のような中島みゆきさんも、かつては
子供心に怖さすら感じるような本当に鬼気迫る歌詞と歌い方をする人だった。
でも、最近のドラマや映画に出ている、中島さんを見て、ちょっとほっこりするのも
事実なんだ(笑)