あなたの目の前に、「この人は問題だ!」と思う人がいます。
あなたは、それを冗談や愚痴をこぼせる相手に話します。
「ねえ、この人。私は問題だと思うんだけど、あなたはどう思う?」。
「私もこの人は問題だと思う」。
あなたは、その相手の言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろします。
ああ、自分が思っていたことは間違っていなかったのだな、と。
すると。
相手がこう、話し始めました。
「確かにこの人、「問題」なんだけど、今のこのご時世じゃ、そんなこと言えないよね。
だから、私たちにはどうすることもできないんだよ。
「そういう人」って思っているほかないんだよね」。
あなたは、その相手の言葉を聞きながら、「そういう人」という言葉に引っかかりを感じました。
「そういう人」って何だろう?
............
仕方がありませんよ。
みな「そういう人」という型にはめないと気が済まないのですから。
例えば。
支配者は、人を見極める時、このような判断をします。
どのような業績を残したのか。
どれぐらい財産を持っているのか。
どんな学歴か。
どのような職歴を経てきたのか...。
これは、何かの型にはめようとしていることです。
つまり、そういう人という言葉から、あなたは、こう疑問を感じたのです。
わざわざ型をこしらえなくてもよいのではないか、と。
その人に実際に触れて、自分が感じ取ればいい話ではないか、と。
もう、気づいていることでしょう。
これは、あなたのことでもあるのです。
一見すると。
「そういう人」というのは、あなたと親しい相手が口にした言葉に見えます。
その実。
私(宇宙)が、目の前の相手を通して、あなたのことを「見せている」ということなのです。
「そういう人」という型にはめようとしているあなたを、です。
そこまであなたが思考を繋げられるかどうか。