20日の記事、訂正します。
正倉に入る米の量は2tなどではなく、200tの間違いでした。
あの蔵には300立方メートルの容量があるとして、米の重量を200トンくらいと想像しました。
桁が間違っていました。すみません。
現説のとき資料をもらいましたのでUPします。
PCに取り込んだら真っ黒になってしまったので、穴掘が加工し、色塗りしました。実際の穴の大きさ等は不正確です。黒く塗ったものが発見された遺構です。色つきは現在の建物です。
今までの調査でわかった遺構を分布図にしたもの。↓

「館」とは、国の役人など、お客さんの宿泊施設。東側で見つかっています。
正倉はまとめて建てられ、区画されていました。これを正倉院といいます。
今回の遺構が周辺に比べて大きいのと、北を向いているのがわかっていただけるでしょうか?


写真を図式したものです。実際の土の色ではありません。
①の上に柱が立ちます。高床の倉庫で、校倉造かどうか、また屋根の材料などはわかっていません。