以前にも書いたことだが、

私は中学高校時代の現代国語と英語の先生に

大人になってから、

そしてblogを書くようになってから、

ものすごい感謝の気持ちを持つようになった。

1人で海外に行ったりできるのは、下手くそながらも、それはほんとに稚拙な英語なのだけど、
意思の疎通ができるということで、

さして勉強してこなかった私なのに、

それは引きもなおさず、

中学高校の厳しい先生の指導のお陰と感じられるようになったのだ。

英語担当の先生には、人を介して、その気持ちを伝えることができた。

だが、国語の先生にはその感謝の気持ちを伝える機会を持てずにいた。

それは、
娘が死んでしまった・事もある。
もう私は、同窓会に行くことはないから。
同窓生とも、ほんの数人を覗いて付き合いもない。だから、、、あきらめていた。


高校3年生の時、受験のため、鬼のユキヨ先生は
現代国語の授業の度にに、タイマーを持って原稿用紙2枚になんでもいいから、小論分を書くよう私達に命令した。

私には苦痛そのものだった。
実は鬼のユキヨを憎むぐらい、この現代国語の授業が嫌いだった。

文章というのは、感動があってはじめて書けるものだと当時の私は信じて疑わなかったのである。

しかし、とにもかくにもそれから逃げることができず、私は最終学年を終えた。

感謝の気持ちは冒頭に書いた。

最近、また、ムラムラと国語のゆきよ先生に改めて礼を言いたくなった。


だって今こう感じているだけでは、何にも伝えられないままだ。
思いつくと、やらずに抑えられないのが私の特徴だ。
あんまり連絡を取っていなかった友人に電話をして、ゆきよ先生の連絡先を教えてもらった。

一回かけたけど不在着信。

今日はやめといた方がいいかと思いながらも、落ち着かず。