「もうそろそろ、
最期のことを考えたら」
これは、亡くなる1か月前、
それまでむろらんを診てきた担当医の言葉だ。
それまでむろらんを診てきた担当医の言葉だ。
結果的にそれは、的中していたのだけれど。
当時のわたし達は、それまで何度も何度も不吉な言葉をはねのけ、
ただひたすらに、生を信じ、己を信じ、行動していた。
ただひたすらに、生を信じ、己を信じ、行動していた。
だが、それを嘲笑うかのように、末期の症状が現れ。
実際にむろらんの悪液質症状を目の当たりにしていた当時、
さすがにこの言葉は、堪えたようで。
担当医にとっては、
せめてもの想いやりの言葉だったのだということは、
今になって理解できる。
が、わたしはこの言葉を聞いてから、食欲が減退していた。
それまでわたしたちが取り組んだ全てが否定されたようで。
だが、そんなショックに浸る間もなく、
むろらんの病状は容赦なく進行していく。
むろらんの病状は容赦なく進行していく。
そんな自分の気持ちを置き去りにしながら、
それに対処すべく、動いた。
それに対処すべく、動いた。
それしか出来なかったから。
身体と頭を、動かすことでしか、対応できなかったから。
それは、これまでやっていたことと同じだけど。
だが、どうにも、違う。
食事も、仕事も、日常生活すべてがどうでもよく、身が入らない。
食べ物の味も、感じない。
仕事も、ただ機械的にこなすだけだった。
こうしている間にも、むろらんは、死んでしまうかもしれない。
そうやって、自分の全てが、
むろらんの来るであろう『最期』に支配されていた。
身体は、正直だ。
食欲は減ったとはいえ、食べているのに、体重は、一気に落ちた。
それでも。
わたしは、そんな自分の変化に気づいて。
それって、お医者さんの言葉を信じて、
むろらんの生命力を信じてないってことじゃない?って。
そして、自分に活を入れた。
「今更何をあせっているんだ。
余命宣告など、何度もされていて、そのたびに更新してきた。
お医者さんの余命宣告より、むろらんの生命力を信じよう。」
そう、決心した。
そうしたら、食欲が一気に戻った。
久しぶりに食事に味を感じた。
その、矢先のことだった。