あらすじをほとんど知らず、「キャサリンとヒースクリフの素敵な愛の物語なんだわ
」と思い込んで読み始めたのですが…なんじゃこりゃっ
エグい昼メロかっ
女にも子供にも容赦なく振るわれる暴力、虐待、とてつもなくひどい言葉の応酬、キャサリンの狂死、金を巡る策略、その裏にある怨念、復讐…。
さいごにはヒースクリフが死んで平和になりました、というハッピーエンドでしたが、そんなお伽話みたいな終わり方も残念。ヒースクリフもなんかよく分かんないまま救われないまま不審死するし、悪いやつ死ねばいいってもんなの…ちょっと適当じゃないの

なんでこれが超有名な名作なのかしら
私は好きになれるお話ではなかったでつ。とにかくド迫力なのは間違いなく、そして当時の小説としては緻密に構成されていて、ここまで後世に残る有名な作品になったんでしょうねえ。
読みながら、終わらない「家の中の恐怖」に恐怖しておりました。「早く逃げろ、逃げろよーう
」と思っても、誰も家を出て行こうとはしない。都会から離れた荒野に育った彼らには、家を捨てどこか知らない場所へ逃げるという、その発想すら浮かばないのかもしれません。血を流し怯える毎日であっても、そこにしか、彼らの生きる場所も、死に場所もないのです。それがとにかく恐ろしい。
家庭というものは、そこがSweet Homeでなかった場合、先の見えない無間地獄になるのです…。小さな家の中で、永遠に続く束縛を束縛とも知らず、ただ理不尽を受け入れ、暴君に従う日常。
日常って怖いなあ。
家の中に恐怖が生まれる。それは誰にでも起こりうること。
嵐が丘読後に私が思い出したのは、日野日出志の「はつかねずみ」という作品です。ある家族が、飼っているネズミに家を占領されてしまう短編。ネズミに赤ん坊を喰い殺され、母親は発狂、兄妹達はいつかネズミをやっつけてやる、と思っているが、父親は諦念に支配され、これまでと変わらず会社と家を往復する日々。
「おいおいおまいら、早くそんな家は捨ててどこか他へ行きなよ
」と思うのですが、誰も、この家から逃げようなどと考える人はいないのです。恐怖の日常を淡々と過ごす、その様がただただ恐ろしいのでございます。
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