死んだというのに、自分の心臓が激しく鼓動しているのを感じる。

銀色に鋭く光っていた筈のナイフは、すっかり濃い紅に染まっている。

その紅を舌で舐めとる。すると、更に鼓動が早まるのを感じた。

口の中に広がる鉄の風味と共に、なんとも言えない充足感が彼の体を包み込む。

ほう、と彼は恍惚の顔を浮かべて、小さく息を漏らす。

彼はブルっと身震いして、

「やっぱり、殺人が一番--」


気持ちいい


残り一人となった列車の中で、凄惨な笑みを浮かべた殺人鬼はそう呟いた。




思い出したきっかけは簡単なものだった。

着ていたジャケットの内ポケットの中に真っ黒い覆面が入っていたのだ。

多分その覆面が、青年や、金持ちのおっさんを殺した人間が使っていたものだろう。

しかし

「思い出したのはもっとシンプルな理由」

そう、思い出したのはそんな推測で固められた理論ぶった理由じゃなくて、もっとシンプル。

-匂いだ。

真っ黒い覆面が、吸収し続けた人間の血。洗っても落ちないほどの、強烈な血の匂い。

それが、俺に全てを教えてくれた。

どのように殺したか。

何人殺したか。

殺すたびに得ていた悦楽を。

そして俺がイかれた殺人鬼だということを。

「くくく、ふははは。アハハハハ!!」

俺はこみ上げてくる笑いを止めることができなかった。

自分が誰か。それが分かるというのはこんなにも素晴らしい。

本質、すべてのメッキが剥がれたその奧。

自分の中で一番危うい、子供のように純真無垢な部分。

記憶を失おうと変わらない、俺が俺であることを、俺に証明する部分だ。

「さてさて、この列車内を悪趣味にものぞき見してるお前等に」

俺は誰もいない列車の中で叫ぶ。見てるんだろう?ここを!

「思い出させてやろう!お前自身を!」

ならば、自分を忘れたお前等は思い出すべきだ!自分の欲望を!真に満たされるべきだ!

永遠に覚めることのない悦楽を知るんだ!

「だから語ってやろう!狂気の殺人鬼の結末を!」






彼が殺人鬼だった期間は、実はそう長くない。一年あったかどうかくらいだ。

ただ、その間に彼は、約100人もの人間を殺してきた。もちろん快楽のためにだ。

ただ、それだけ。しかし、彼にとっては、それが全てだった。

食事するように人を殺し、眠るように人を殺し、日常的に人を殺した。

どんな事よりも刺激があって、最高の遊戯。彼にとっての殺人は、遊びに過ぎない。でもやはり、それが全てなのだ。

だから、彼の最初の殺人であろうと、50人目であろうと、殺した理由はちんけな理由だ。

ただ、五月蝿かったから殺す。肩がぶつかったから殺す、視界に入ったから殺す、という具合に、簡単な理由で殺し続けた。

彼の殺人方法は専ら刺殺。

肉や、筋肉の感触。生温かい真っ赤な血。驚愕と苦痛が混じり合った淀んだ瞳。そして、死ぬ間際に相手が見せる、本当の己。

その全てが愛おしく、彼に生きてる、という充足感を与えた。

もう分かっているとは思うが、この列車の中にいた他の5人も、全て彼が殺した人間だ。

だが

一人目の聖人のような彼女

二人目の人間らしい少年

三人目の戦闘狂の学生

四人目の金を信じた中年

五人目の動物殺しの青年

この五人は、なにも変わらなかった。

つまり、常に自分で生きていたのだ。

一人目の彼女は最後まで人のために生きて死んだ

二人目の少年は最後までなにもせずに生きて死んだ

三人目の学生は最後まで戦闘を愉しみ生きて死んだ

四人目の中年は最後まで金を疑わずに生きて死んだ

五人目の青年は最後まで殺しながら生きて死んだ

そして、最後


六人目の彼は、自分さえも殺して、生きて死んだ。






100人以上の犠牲者を生み出した殺人鬼は、最後の殺人に自分を選んだ。

自分の中から自分を殺す。一切の記憶を消して、俺を抹殺する。

その為にナイフに頭をあてがって一気に刺す。

それを何回も繰り返していくうちに、床に血と脳漿が飛び散る。

想像を絶する苦痛のはずなのに、彼はそれを笑いながら行なった。

どの形であれ、殺人は彼の心を躍らせた。

たとえ自分を殺そうと、それは殺人なのだ。

ずちゃ。ぐちゃ。どしゃ。ずしゃ------。。。。。。。。。

繰り返し繰り返し、彼は殺し続ける。

…そうして、狂気にとりつかれた殺人鬼は、頭にナイフが刺さったまま、笑って死んだ。

「あハハハハハハはははははははハハはははhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!」






「まもなく終点地獄道。地獄道。ご乗車ありがとうございました」

無機質な声が、彼の昔話の終と共に列車内に響く。

「と、これで終わりだが、思い出せたかな?本当の自分を」

彼は誰もいない虚空を見ながら言った。もちろん返ってくるのは虚しい静寂だけだ。

「おもいだせなかった?ならば気付く事だ。お前に」

しかし、彼は口角をニタリと持ち上げて、またしても何かに話しかける。

そして、プシューとわざとらしく音を立てて開く出口に向かって歩き出す。

そして

「さて、殺しにいかないとね」




列車の中には誰も残っていない。

完全な沈黙に包まれた列車は、表記を「回送」に変えて再び動き出す。

列車の中には誰もいない。







争奪戦にも慣れてきて、入学から一週間と、ちょっとがたった今日このごろ。

どうも、中道恭一です。コロコロと文体が変わるのは気にしないでください。

さて、今日も今日とて争奪戦に参加していたのですが、気になることを聞きました。

…ていうか、この文体おかしくねぇっ!?




「ふぅ、疲れた。。」

争奪戦で手に入れた、焼きそばパンとメロンパンを机の上において、俺は席に着く。

すると、机の上に銀色の弁当が置かれる。無論俺のではない。

俺は、顔を上げて弁当の持ち主を見る。例の辻恋君だ。

「中道、お前、《狼》になったのか」

「いんや、別に。…ただ、気になるじゃん」

「なに……、、兄貴のことか?」

「ん。あぁ」

「…そっか」

辻恋は少しだけ間を置いてから、

「じゃあ、なにか分かったら言ってくれないか?」

「え…いいのか?」

俺は首を突っ込むな、とか言われることを覚悟していたので、少々間の抜けた返事をしてしまう。

辻恋兄に対する過去の事件に関しては好奇心しかないし、断られたらそれまでなんだったんだけれど。

その旨を辻恋に伝えると彼は苦笑しながら、言った。

「俺も、気になってっからさ」

俺も苦笑した。





翌日の争奪戦が終わると、ひとりの男が話しかけてきた。

黒髪で、少し長めの髪。眼鏡をかけていて、、、なんというか、オシャレな三年生。

ただ、別に俺と、この黒髪は初対面ではない。話すほどの仲では無いが、殴り合う仲ではあるという、非常にややこしい関係の知り合い。まぁ、つまり、争奪戦で死闘を繰り返す他の《狼》である。

「なぁ、一緒に食べないか?」

このように、名前も知らない相手を食事に誘えるのも、この争奪戦のいいところであろう。

特に用事もなかった俺は、その誘いを快諾し、一緒に中庭に移動した。





「争奪戦には慣れてきたか?」

黒髪は焼きそばパンの袋を開けながら、聞いてきた。

しかし、ここまで焼きそばパンを開ける動作が様になる人間は、そうそういないだろう。そう思わせるほどナチュラルな動きで袋を破いたことから、相当な期間《狼》だったことが伺えた。

つまり、辻恋という元《狼》のことも知っているだろう。

「おかげさまで。あの、どうして俺を誘ってくれたんですか?」

聞きたい、という気持ちを押さえ付けて、俺は返す。

生徒会室のように空気が張り詰めてしまっては、なんの意味もない。タイミングをみて、聞かなければならない。それほどデリケートな事なのだ。

「いや、初日から負けなしのルーキーがいるって聞いたからな」

「いやぁ、マグレですよ、マグレ」

実際、購買で狙ったものが買えないことは無かった。まぁ、昔は喧嘩が多かったからなぁ。

「はは、謙遜する必要はない。それは誇っていいことだ」

「ありがとうございます」

「…で、ここに残り続けるかい?」

黒髪は、真剣な面持ちで聞いてくる。そうか、今日食事に誘われたのは、この質問をするためか。

つまりここで、どう答えるかで《狼》かどうかを分けるのだ。

群がる犬でも豚でもなく《狼》かどうかを見極めるのだ。

しかし、俺は

「先輩、この質問に答える代わりに俺の質問に答えてください」

黒髪は俺のその言葉に眉を潜めたが、少しの逡巡の後、「…あぁ、分かった」と答えた。それだけ、《狼》かどうかが重要ということだ。

《狼》なら、本気で叩き潰すというわけだろう。

俺は身震いしながら、多分黒髪の予想とは違う答えを返した。

「俺は《狼》になるつもりはありません」

「な…?どういうことだ」

黒髪は本気で驚いている。その気持ちは分かる。俺が黒髪の立場だったら、俺もまんま同じことを口に出していただろう。

だが俺は実際、辻恋の件が終わったらやめにしようと思っていた。

理由は簡単。結構疲れるからだ。争奪戦に出ていたら、とてもとても青春できない。俺は争奪戦に貴重な青春を費やす気にはなれなかった。

「いや、俺の体力だと争奪戦はきついんですよ」

俺はそう言って、直ぐ間を開けずに言う。

「じゃあ、次は俺の質問ですが」

「…あぁ、なんだ?」

少しがっかりしたような顔で黒髪は、聞き返してくれる。そういえばこの人闘う時活き活きしていたからなぁ。《狼》にならない、という宣言がつまり、争奪戦に魅力がないと言われた様に感じたんだろう。

まぁ、微妙に間違ってないから別にフォローもしないが。

話を戻して、

「辻恋っていう《狼》のこと、知ってますよね」

辻恋という単語を聞くと、黒髪は途端にバツの悪そうな顔を浮かべる。

「あぁ……。あれは、酷かった。二年生以上の《狼》の恥ずべき事件だ」

「それについて教えて欲しいんですが」

俺がそう言うと、黒髪は頭を掻き毟って、苛立たしげに一人の女子生徒の名前を教えてくれた。何でも、基本的に何でも知っている人らしい。

「約束は約束だからな、、。あんまし言いたくないことなんだが、ああああ」

黒髪は文句を言いながら教室に戻っていった。

なんだかんだで約束を守ってくれたので、好感度が5上がった。多分もう上がらないだろう。

と、授業開始のチャイムが鳴った。しまった、何気に昼飯食ってない。

とりあえず、手にその女子生徒の名前を書いてから、駆け足で教室に戻った。






思い出した。

全部、思いだした。





「イカしたナイフじゃん、旦那?」

ポケットから出てきたナイフに動揺して固まっていた俺に、茶化すような声で、ひとりの青年が話しかけてきた。

その青年は、流れるようなナチュラルな動きで俺を座席に座らせ、その目の前に立つ。

そしていきなり顔を近づかせて、数秒間舐めるような視線で俺を見てから、

「普通だな」

と、不可解そうな顔で言って、顔を離した。

「あんな激しいこと言っといて、案外普通なんだな」

彼は顎に手を当てて、険しい顔を浮かべながら、考える素振りをする。

すると少しの思考の後、彼の顔は一転して笑みに変わった。いいこと思いついた、という子供のような笑みだった。危うい笑みだった。

「さてさて、それじゃあ、旦那の記憶を戻す手伝いをするために」

「仕方ないから、俺の事を教えてあげよう!」

青年はとても嬉しそうに言った。




「俺はね、旦那」

「実は、旦那と俺は同類だと思っているんだ」

どういう意味だ?

「んー?なんというか、自分の快楽のためだけに生きているっていうか。いや、生きていただっけ」

快楽?

「うん、そう。何よりも自分が満たされることしか考えてない」

そんなの、誰だってそうじゃないのか?

「うんうん。そうそう。確かにそうだね。でもさぁ」

ん?

「それを実行に移す奴って、なかなか居ないんだよ」

そうなのか?

「そうさそうさ。さっき旦那も喋ってたじゃないか。あの平凡くん。あいつ、殺したいって思ったのに、やらなかっただろ?」

あぁ。

「でも、旦那は殺せばいいって言っただろ?」

あぁ。

「そこさ。自分の欲望に忠実か否か。沸き上がる衝動を押さえつけるか、開放するかだ」

「考えちゃダメだよ旦那。俺たちは瞬間を生きていたんだよ。それは今もだよ?死んだ後の瞬間を俺たちは生きているんだ」

瞬間…か。

「そうだよ?今俺は旦那に話したくて、話していて、旦那は聞きたいから聞いてるだろう?」

「だーかーら簡単に考えてよ。俺たちはどんな些細な欲望にも忠実ってことさ、OK?」

あぁ、、、、分かった。それで、お前はどう死んだんだ。

「あーそうそう。それを話すはずだったんじゃん」

早く話せ。

「焦るなって。そんなに死に急いだって意味ねーよ?とりあえず、そこに座って俺の話を聞いてろ?」

…分かった。

「よろしい。じゃ、本題だけど、俺ってさ、ペットが好きでさ」

「引かないでよ。違う違う。そういう意味じゃなくてさ」

「ペットを殺すのが、だよ」

…?

「理解できない?」

正直な。

「そうかなぁ。どれだけ喚こうと、反抗しようと、人間に飼い慣らされたあいつらは手も足も出ずに死んでいくんだ」

それがいいのか?

「それだけじゃない。他人が何年もかけて作り上げてきたモノを、一瞬で壊せるんだ。朝起きてゴミになったそれが目の前にあるんだ。あの時の顔といったら、もう」

ふーん。

「あ、あと自分で育てたのでもいいなぁ。犬とかは自分を信用してるからね。最高に気持ちいいよ」

…………

「と、、。そろそろ旦那も飽きて来ちゃったみたいだし、俺が死ぬとこまで一気にいこうか」

やっとか。早くしろ






「でも、俺、死ぬのはあっけないぜ?さっきの関西弁のおっちゃんみたいな話はないぞ?」

彼は「それでもいいのか?」と眼で尋ねてくる。

それに俺は頷き返して、青年の目を見返した。すると、青年も渋々といった感じで話し始める。

「いや、、、いつもみたいに他人のペットを殺してたら、後ろから刺されたんだよ」


「ナイフで」


その言葉に、俺は違和感を覚えた。

そう、なんだ。。なにが…?なにか、突っかかる。なにを…。

「あ、そういや、確か、覆面してたかな」

青年はそう言う。そこでやっと違和感の正体が分かった。

「ナイフだ…!!」

そうだ、全員ナイフで刺殺。一瞬で殺されてる。

更に覆面の男が二回も出てきている。

これが、偶然なら、そこで終わりだが。

死んだ後、ここにこうして集まったのは、何か関係性があるんじゃないか?

そして俺に、他の五人との関わりがあるんじゃないか?

冷静に考えれば、そんな事ただの作り話でしかないけど、今の俺はその作り話に賭けるしかなかった。

俺が誰なのか、その答え。

もし作り話通りなら、俺は--。

俺は、急いで体のいたるところを調べる。すっかり置いてきぼりの青年の目も気にせず、すべてのポケット、裏地、下着まで。

そして、

「…見つけた」

やっと、思い出した。






「まもなく、畜生道。畜生道。お降りの方はお荷物、お忘れ物ございませんようご注意ください」

車内アナウンスの無機質な声が、列車内に鳴り響く。

徐々に落とされていくスピード。シュー、と音を立てながら完璧に停止し、停止した反動で列車が少し前のめりになる。

それも束の間、すぐに平行に戻って、妙に耳に残る音で、列車のドアが開く。

「じゃあ、旦那。。。やっぱ戻んなかったかな」

青年は残念そうにそう言って、列車の向こう側に降りる。最後に青年が別れの挨拶のために、こちらを振り返ろうとした、その瞬間、

「じゃあね、旦--」

グサ。





一瞬の抵抗の後、スルっと入っていく銀色の刃。

そして、その刃の銀色を塗りつぶすかのように、大量の紅が侵食する。

驚愕の色をのせた視線。

その瞳も、手首を少し動かすだけで苦痛の色に染まる。

それが楽しくて、楽しくて、刃を抜いては入れて、抜いて入れを繰り返す。

柔らかい脂肪も、硬い筋肉も、全て貫いて。

グサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサ。。。。。。。。。。

最終的に、青年だったモノは前に倒れ、紅い水たまりを広げていく。

「やっぱり」

真っ赤に染まった刃を舐めて、

「殺すのって気持ちいい…!!!!」

俺は恍惚の表情を浮かべてそう呟いた。