思い出した。
全部、思いだした。
「イカしたナイフじゃん、旦那?」
ポケットから出てきたナイフに動揺して固まっていた俺に、茶化すような声で、ひとりの青年が話しかけてきた。
その青年は、流れるようなナチュラルな動きで俺を座席に座らせ、その目の前に立つ。
そしていきなり顔を近づかせて、数秒間舐めるような視線で俺を見てから、
「普通だな」
と、不可解そうな顔で言って、顔を離した。
「あんな激しいこと言っといて、案外普通なんだな」
彼は顎に手を当てて、険しい顔を浮かべながら、考える素振りをする。
すると少しの思考の後、彼の顔は一転して笑みに変わった。いいこと思いついた、という子供のような笑みだった。危うい笑みだった。
「さてさて、それじゃあ、旦那の記憶を戻す手伝いをするために」
「仕方ないから、俺の事を教えてあげよう!」
青年はとても嬉しそうに言った。
「俺はね、旦那」
?
「実は、旦那と俺は同類だと思っているんだ」
どういう意味だ?
「んー?なんというか、自分の快楽のためだけに生きているっていうか。いや、生きていただっけ」
快楽?
「うん、そう。何よりも自分が満たされることしか考えてない」
そんなの、誰だってそうじゃないのか?
「うんうん。そうそう。確かにそうだね。でもさぁ」
ん?
「それを実行に移す奴って、なかなか居ないんだよ」
そうなのか?
「そうさそうさ。さっき旦那も喋ってたじゃないか。あの平凡くん。あいつ、殺したいって思ったのに、やらなかっただろ?」
あぁ。
「でも、旦那は殺せばいいって言っただろ?」
あぁ。
「そこさ。自分の欲望に忠実か否か。沸き上がる衝動を押さえつけるか、開放するかだ」
…
「考えちゃダメだよ旦那。俺たちは瞬間を生きていたんだよ。それは今もだよ?死んだ後の瞬間を俺たちは生きているんだ」
瞬間…か。
「そうだよ?今俺は旦那に話したくて、話していて、旦那は聞きたいから聞いてるだろう?」
…
「だーかーら簡単に考えてよ。俺たちはどんな些細な欲望にも忠実ってことさ、OK?」
あぁ、、、、分かった。それで、お前はどう死んだんだ。
「あーそうそう。それを話すはずだったんじゃん」
早く話せ。
「焦るなって。そんなに死に急いだって意味ねーよ?とりあえず、そこに座って俺の話を聞いてろ?」
…分かった。
「よろしい。じゃ、本題だけど、俺ってさ、ペットが好きでさ」
…
「引かないでよ。違う違う。そういう意味じゃなくてさ」
?
「ペットを殺すのが、だよ」
…?
「理解できない?」
正直な。
「そうかなぁ。どれだけ喚こうと、反抗しようと、人間に飼い慣らされたあいつらは手も足も出ずに死んでいくんだ」
それがいいのか?
「それだけじゃない。他人が何年もかけて作り上げてきたモノを、一瞬で壊せるんだ。朝起きてゴミになったそれが目の前にあるんだ。あの時の顔といったら、もう」
ふーん。
「あ、あと自分で育てたのでもいいなぁ。犬とかは自分を信用してるからね。最高に気持ちいいよ」
…………
「と、、。そろそろ旦那も飽きて来ちゃったみたいだし、俺が死ぬとこまで一気にいこうか」
やっとか。早くしろ
「でも、俺、死ぬのはあっけないぜ?さっきの関西弁のおっちゃんみたいな話はないぞ?」
彼は「それでもいいのか?」と眼で尋ねてくる。
それに俺は頷き返して、青年の目を見返した。すると、青年も渋々といった感じで話し始める。
「いや、、、いつもみたいに他人のペットを殺してたら、後ろから刺されたんだよ」
「ナイフで」
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
そう、なんだ。。なにが…?なにか、突っかかる。なにを…。
「あ、そういや、確か、覆面してたかな」
青年はそう言う。そこでやっと違和感の正体が分かった。
「ナイフだ…!!」
そうだ、全員ナイフで刺殺。一瞬で殺されてる。
更に覆面の男が二回も出てきている。
これが、偶然なら、そこで終わりだが。
死んだ後、ここにこうして集まったのは、何か関係性があるんじゃないか?
そして俺に、他の五人との関わりがあるんじゃないか?
冷静に考えれば、そんな事ただの作り話でしかないけど、今の俺はその作り話に賭けるしかなかった。
俺が誰なのか、その答え。
もし作り話通りなら、俺は--。
俺は、急いで体のいたるところを調べる。すっかり置いてきぼりの青年の目も気にせず、すべてのポケット、裏地、下着まで。
そして、
「…見つけた」
やっと、思い出した。
「まもなく、畜生道。畜生道。お降りの方はお荷物、お忘れ物ございませんようご注意ください」
車内アナウンスの無機質な声が、列車内に鳴り響く。
徐々に落とされていくスピード。シュー、と音を立てながら完璧に停止し、停止した反動で列車が少し前のめりになる。
それも束の間、すぐに平行に戻って、妙に耳に残る音で、列車のドアが開く。
「じゃあ、旦那。。。やっぱ戻んなかったかな」
青年は残念そうにそう言って、列車の向こう側に降りる。最後に青年が別れの挨拶のために、こちらを振り返ろうとした、その瞬間、
「じゃあね、旦--」
グサ。
一瞬の抵抗の後、スルっと入っていく銀色の刃。
そして、その刃の銀色を塗りつぶすかのように、大量の紅が侵食する。
驚愕の色をのせた視線。
その瞳も、手首を少し動かすだけで苦痛の色に染まる。
それが楽しくて、楽しくて、刃を抜いては入れて、抜いて入れを繰り返す。
柔らかい脂肪も、硬い筋肉も、全て貫いて。
グサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサ。。。。。。。。。。
最終的に、青年だったモノは前に倒れ、紅い水たまりを広げていく。
「やっぱり」
真っ赤に染まった刃を舐めて、
「殺すのって気持ちいい…!!!!」
俺は恍惚の表情を浮かべてそう呟いた。