「……なにか?」
俺は、話しかけてきた茶髪の女の子に聞き返す。落ち着き払っているようで、俺の心臓は五月蝿いくらい鳴っていた。
顔も名前も知らない異性に話しかけられるなんて、コンビニでくらいしかされたことがなかったので、慣れていなかったからだ。
いやそもそも慣れてる奴なんているのか?
「いやさ、クラスのみんなが話してるから、君は話さないのかなぁ、って」
俺の気持ちを知ってか知らずか--いや、知らずに彼女は。茶髪の彼女は、人懐っこい笑みを浮かべながら、そう言った。
しかし……彼女には俺が、友達のいない奴に見えたんだろうか。
「いや、朝は弱いんだ。どうぞお構いなく」
「いや、構うよ。というか構ってほしいんだよ」
「はぁ……?」
今、彼女に視線をぶつけている人間は、ザッと見ても10を越している。その中に彼女の友人がいないとは思えないんだが…。
それを伝えると彼女は「赤坂君と喋りたいんだよ」といって笑っていた。
変な奴。
「それは光栄だが…まず俺はあんたの名前も知らないんだが」
「あぁ、、そうだね!私は青木園枝(あおきそのえ)。赤坂君の一個前の席」
彼女はバンバン、と俺の一個前の机を叩く。
なぜ嬉しそうなんだろうか。
「これからよろしくね、赤坂君!!」





教室での、簡単なHR(ホームルーム)が終わり、始業式兼入学式だったということもあり、それだけで学校から生徒達は解放された。
そういうわけで、三々五々とクラスメートが教室から出て行く中、そいつはその流れに逆流して入ってきた。
「おーっす。飯どこで食う?」
話しかけてきた男は、田神耕治郎(たがみこうじろう)。苗字に田で、名前で耕すという名前が農家な人間だ。
特徴は身長がでかいこと、ヘアバンドをしてること、性格が大ざっぱで喧嘩っ早いことと…彼女持ちなこと。なぜこんな野郎に彼女がいるのだろう。
「?。なんか、変か、俺」
俺の視線を感じ取った耕治郎は、テンプレな反応をする。
今は物凄くうぜぇ…。
「あぁ、変だぞ、ヘアバンド。もう止めなよ」
「えぇ!?これ変だったのか!?」
「今更だな。なにかポリシーがあってそのダサさを貫いてるのかと思っていたが」
「まじかよ…。俺…」
ガックリ、という音が聞こえそうなほど、落ち込む耕治郎。うん、大分気が晴れた。
そんな耕治郎は置いといて、俺は教室から出て行く。
…そういえば、HRが終わってから、青木園枝が話しかけてこなかったな。まぁ、いいんだけど。









「グルアッ!!!」

咆哮。

一閃。

この場にいる全ての獣達は、彼に視線を定めていた。

皆が、あの《狼》を彼に見ながら。

無尽蔵に襲ってくる《狼》達を彼は薙ぎ払い、潰していく。

そうやって吹っ飛んだ《狼》達も、すぐに体勢を立て直し、彼を討とうと再度突進する。

しかし、その攻撃はもう一人の少年に阻まれる。

--このように10分前から戦いを続ける彼らは、たった二人で30人以上の相手をこなしていた。




「結構頑張るね、彼らは」

彼女-宇都宮は、購買の隅に立ち、争奪戦の様子を眺めていた。

「花見弁当争奪戦が……二年連続で特殊な形になったね」

彼女はくっくっく、と笑いながら呟く。

花見弁当争奪戦だというので、こうして購買に来ていた彼女は、最初に購買の様子を見て驚いていた。

なぜなら彼女の目には、何十人と群がる《狼》と、それを相手にする二人の少年の戦闘が映ったからだ。

「『ギロチン』『猪』『ハゲタカ』……二つ名持ち《狼》が10以上集まって、名無しの一年二人すら破れないとは」

それは異様な光景だった。

前から、後ろから、横から、更に上から攻めているのに、彼らは崩れない。

捌ける攻撃は捌き、かわせるものは躱し、よけることのできないものは、あえて受け、代わりに強烈な一撃を叩き込む。

それを彼らは-否、主に一人の少年はこなしていた。もう一人は、どちらかというと不器用で、ボロボロになっていたが、それでも戦いをやめることはなかった。

「しかし、、中道君。君は中々に面白い」

彼女はひとりの少年を見る。争奪戦の中央、購買の陳列棚の目の前で戦っている少年。

何十人の相手を軽々とこなす、異常な一年生を。

「辻恋弟君もいるってことは、これは《狼》に対する復讐戦なのかな?」

嬉しそうに宇都宮は呟く。

全ての《狼》を相手にするなんて、破天荒な事を考え、そして遂行している彼らは、見ているだけで楽しかった。

「さぁ、どこまで頑張れるかな?中道君」







「「「おらぁあ!」」」

20人を越える《狼》が雪崩のように襲ってきた時、俺はわざとそいつらに向かって飛び込み、一旦購買の陳列棚の前を明け渡した。

攻撃しに行った訳ではない。一個でも取られてはいけない今、そんな危険を冒すなんて愚の骨頂だ。

では、なぜ空白を作ったか。

答えは簡単。全てを潰すためだ。

《狼》を、殺すためだ。

「ふっ…!」

俺の後ろに待機していた辻恋が、持っていた辞書二つを、《狼》の群れに投げつける。

そう、これが最初に大勢で襲ってくるだろう相手を攻略するための第一歩。

「!」

辞書を当てられた《狼》二人は、声をあげる暇もなく、空中から引きずり落とされて、床に落ちた。

前に出た俺は、その二人の《狼》を踏みつけ意識を刈り取った後、落ちてきた辞書を捕る。

そして、そのまま前からラリアットをかましてくる二人の《狼》の頭を強打。その隙に横を通り抜けようとする《狼》の後頭部も殴りつけた。

「辻恋!!」

俺は、両手に持っている辞書の片方を、後ろにいる辻恋に投げる。

辻恋が捕れたかどうかの確認はしないで、俺は目の前から殴りかかってきた《狼》達の一人に辞書という名の鈍器を投げ、体制を壊す。

そして後続の二人の攻撃を、その《狼》の体を使って防御した。

「そんなんが、てめぇらの本気か!?」

二人の《狼》の頭を両手でぶつけ、気絶させた後、後ろに下がって、陳列棚の目の前に戻る。

陳列棚の前で弁当に手を伸ばしていた奴の手を、辻恋が弾き、俺が首に手刀をぶつけて、意識を落とす。

「温い!お前らがここで学んできたのは、《狼》なんていうお飾りの言葉だけか!」

攻撃の手を緩めず、俺は叫んだ。

「ふざけんな!!死ぬ気で来いよ!!」

「いつまでそんな《狼》ごっこしてんだ!」

「そんなんだから、お前らは一匹の《狼》すら倒せねぇんだ!」

何人もの《狼》を地に沈めながら、叫び続ける。

すると、《狼》達は、修羅のような表情を浮かべ、襲いかかってきた。

「お前如きに何がわかる!」

一匹の《狼》が吼える。

それは、一緒に飯を食べたこともある、あの黒髪だった。

「あの場に居なかったお前に、我らの何がわかる!」

それは悲痛な叫びだった。

彼は俺に怒っていると共に、自らにも同様な感情を抱いているのだ。

あの時の自分の不甲斐なさへの、怒り。

だが

「分かるかよ!プライドもなにもかも捨てた野郎共の気持ちなんざ!」

気持ちだけで、実行しなければ、そんな怒りは意味を持たない。

そんなに甘くない。

「あぁあああぁぁあああ!!!!」

彼はそんな俺の言葉に、拳で返してきた。

俺の言葉への怒りと、憎しみと、、、そして言い返せない自分への怒りを込めた拳を。

「そうだ!その目だ!自分の本能のままに闘え!糞《狼》共!」

俺は彼の拳を-突き出された腕を掴み、自分に引き寄せて膝ゲリを入れる。

彼はそれ一発で気絶した。

「…ぉぉおおおお!」

すると、黒髪に続くように、他の《狼》も襲いかかってきた。

そう、それだ。その清々しい敵意。純粋な敵意。

「やっと、きたか。獣共」

「さぁ、前哨戦はおわりだ」

《狼》との闘いはまだ終わりそうにない。

本来闘いが長引くのは良くない。それだけ弁当を取られる可能性が上がるからだ。

だが、俺も辻恋も《狼》を全て潰すことしか頭になかった。

そのほうが、復讐になるから--否、違う。

なかなかどうして、《狼》とのぶつかり合いは楽しいのだろう。







「はぁはぁ。。。中道…!」

彼女-高坂椿は起き上がる。

どうやら何分か気絶していたらしい。

「くそっ!」

彼女は拳を床に打ち付ける。彼女の経験上、争奪戦で気絶したら、もう争奪戦は終わっているからだ。

それはそうだ。あの乱戦では、全員が敵なのだから、すぐに《狼》は数を減らす。

それが、彼女の常識だった。

だが

「なんだ…これ!?」

彼女の目の前で起こっている争奪戦では、未だ10人以上の《狼》が残っていた。

「どういうこと…?」

彼女は、考える。

争奪戦が未だ終わっていない理由を。

すると彼女は、目の前の争奪戦に違和感を覚えた。

「争奪戦では、全員が敵だから……!」

そして彼女は至る。争奪戦がおわってない理由。違和感に。

それはつまり

「あの二人と、《狼》は闘い続けたのか…!?」

本来なら有り得ない。全ての《狼》がたった二人の、しかも一年生を狙って協力するなんてことは。

しかし、争奪戦が15分も続いている理由はこれ以外考えられない。

それを証明するかのように、《狼》達は互いに背中をあずけて、闘っている。

そんな様子は、

「犬のようだよね」

後ろから、思考を読み取られたかのように声をかけられた。

「!?……って宇都宮か」

「私で何か不満か?」

「……」

彼女はこの宇都宮という女性がどうも苦手だった。

なんというか、気味が悪いのだ。

椿が、不満だ、と言いかけたのを抑えたことを知ってか知らずか。彼女はカラカラと笑って、いってくる。

「彼ら、辻恋-『要塞』の復讐のために、こんな馬鹿なことをしているんだ」

『要塞』。

その言葉がどうしても彼女の頭に、あの時の情景をフラッシュバックさせる。

彼女は頭を振って、その映像を消して、宇都宮に聞く。

「こんな馬鹿なことってなんだ?」

「見て分からないかい?陳列棚の花見弁当が一個も減ってないことに」

「!?」

彼女は立ち上がって、目を細め、陳列棚をみる。

そこには色彩鮮やかな弁当が10個綺麗に並んでいた。

「どういうことだよ!?」

「どうって、そのままさ。彼らは、辻恋の復讐として、《狼》に一個も弁当を取らせないようにしてるんだ」

絶句。

彼女は、まさにその通りの反応をしてしまう。

だって宇都宮の言うことを、解釈すれば

「ここに来た何十人もの《狼》を、あいつらは二人で相手したのか…!?」

争奪戦史上一度もそんなことをした奴は居なかった。

彼女自身も不可能だと思っていたそれを、一年生二人がなしているのか!?

「さて、驚いてる手前悪いが、、、、君は争奪戦に戻らないのか?」

宇都宮の言葉で、混乱した考えが一度落ち着く。

そう、今重要なのは戻るかどうか。

今まさに全滅しようとしている《狼》として、争奪戦にもどるかどうかだ。

彼女は、少しの間逡巡して、

「行くよ。私は《狼》なんだ」

佳境を迎えた争奪戦に入っていった。

平凡。

俺は常にその言葉を背負って生きてきた。

今現在で、16年と296日を生きてきた中で、己が平凡ということに気づいたのは小学5年生の頃。

進級しても何も変わらず、身長体重、要領の良さ、運動神経、適量な友達、適当に一途な好きな人。なにも変わらないことに違和感を覚えたのだ。

とりあえず、この世界では、いきなり女の子とボーイミーツガールを展開することも、頭が天才的によくなったりも、運動が上手くなるわけでもないことがわかった。

クラス替えなんて、せいぜい三割知らない顔になるだけで困らないし。

--全てが平凡なのだ。この世界、俺が関われるのは全て。

予定調和の日々。

毎日毎日毎日毎日…皆飽きずに『日常』に身を投じる。

そんなことに気づいたのだ。

なにかのイベントは必ず観る側。なにかに熱くなることもない。どこかに遠出することもなく、ただ時間を一つの限られた世界で過ごしていく。

そうやって考えたことで、自分が背景な事に気付いた。誰か、この世界の主人公達の背景だということに。

そうして俺、赤坂黎(あかさかはじむ)が平凡を背負って、今年で六年目だ。






よく晴れた日だった。

ただ今4月9日。俺の通っている学校の始業の日だ。

時が止まったのではないか、と疑うくらいに長く感じられた校長の話もようやく終わり、俺たち二年生は各々が指定された教室に向かった。

前述したとおり、俺はクラス替えなど興味もない。それでも、周りの連中のいくばかかは、新しい人間との接触に緊張しているようだった。

多分ああやって緊張してる方が、背景にならないだろう。

俺みたいに、なんの感慨もなく歩いている奴が背景なのだ。

そんな事を考えながら歩いていたら、すぐに二年生の教室についた。2-Cというプレートが壁にかけられて、教室の内装もレトロで落ち着いた雰囲気を持ちながら、どこか温かさを感じさせる場所だった。

俺は、その教室によくわからない好感を持つ。多分誰もが好感を持つだろう。そんな空間だと思う、少なくとも俺は思った。

黒板に目をやると、そこにはこの教室の簡単な相関図と、それの中の机を表してあるであろう正方形には、それぞれに番号がふってあった。そしてその横に黄色の文字で、「出席番号順に座るように」と書いてある。どうやら番号は出席番号のようだ。

ずっと立ち止まって黒板を見ているわけにもいかないので、俺は自分の出席番号が書かれてあった机に向かう。

赤坂という苗字だが、俺の出席番号は一番ではない。まぁ、3番なので大差は無いが。

黒板で確認したところ、3番は窓際の前から3番目の席で前とも後ろとも取れぬ微妙な位置だ。なんとも俺っぽい。

変な共感をして、俺はその机に自分のバッグを置く。中身を出す気にもなれなかったので、そのまま放置して、席に座る。

座った時にギィ、と妖しい音が椅子から出たが、聞こえなかったことにする。

「----!」

「………?」

「~~~~~!?」

会話。

椅子に座って目を閉じると、いろんな声が聞こえてきた。

別にクラス替えしても3分の1は同クラスだった人間なんだから、会話が始まるのは当然といえば当然だが。

ざわざわ…がやがや…。

--?---!

会話は途切れることなく続く。俺はそれをBGMとして聞き流していた。人と人との会話を、正確には声の音を、耳が勝手に拾ってくるのだ。

ただそれを五月蝿いと感じることはなかった。逆に俺は、昔から、、、具体的には平凡と自覚した時から、、、、日常の音を聞くのが好きにだった。

----!------!!

人が生きているのを一番実感するのは、コミュニケーションだと思う。

人の声によるBGMを聞き流しながら、俺は考える。

血が流れていようと、呼吸をしていようと、心臓が鼓動していようと、肺が収縮運動を続けていようと、コミュニケーションが取れないのなら、それは人形に過ぎない。

どれだけリアルに造られていようと、人形なのだ。

----!!…------!!!!

まぁ、背景の俺が言えたことではないが。

----!!!!!!!

というか

----く-!!!

さっきから

---か-ん!!!!!!

「五月蝿い!!」

がばっと机に突っ伏していた上半身をあげる。

すると、目の前には、

「あ、よかった。反応してくれた。寝ちゃったかと思っちゃった」

茶髪の少女が背景に話しかけてきた。