「グルアッ!!!」

咆哮。

一閃。

この場にいる全ての獣達は、彼に視線を定めていた。

皆が、あの《狼》を彼に見ながら。

無尽蔵に襲ってくる《狼》達を彼は薙ぎ払い、潰していく。

そうやって吹っ飛んだ《狼》達も、すぐに体勢を立て直し、彼を討とうと再度突進する。

しかし、その攻撃はもう一人の少年に阻まれる。

--このように10分前から戦いを続ける彼らは、たった二人で30人以上の相手をこなしていた。




「結構頑張るね、彼らは」

彼女-宇都宮は、購買の隅に立ち、争奪戦の様子を眺めていた。

「花見弁当争奪戦が……二年連続で特殊な形になったね」

彼女はくっくっく、と笑いながら呟く。

花見弁当争奪戦だというので、こうして購買に来ていた彼女は、最初に購買の様子を見て驚いていた。

なぜなら彼女の目には、何十人と群がる《狼》と、それを相手にする二人の少年の戦闘が映ったからだ。

「『ギロチン』『猪』『ハゲタカ』……二つ名持ち《狼》が10以上集まって、名無しの一年二人すら破れないとは」

それは異様な光景だった。

前から、後ろから、横から、更に上から攻めているのに、彼らは崩れない。

捌ける攻撃は捌き、かわせるものは躱し、よけることのできないものは、あえて受け、代わりに強烈な一撃を叩き込む。

それを彼らは-否、主に一人の少年はこなしていた。もう一人は、どちらかというと不器用で、ボロボロになっていたが、それでも戦いをやめることはなかった。

「しかし、、中道君。君は中々に面白い」

彼女はひとりの少年を見る。争奪戦の中央、購買の陳列棚の目の前で戦っている少年。

何十人の相手を軽々とこなす、異常な一年生を。

「辻恋弟君もいるってことは、これは《狼》に対する復讐戦なのかな?」

嬉しそうに宇都宮は呟く。

全ての《狼》を相手にするなんて、破天荒な事を考え、そして遂行している彼らは、見ているだけで楽しかった。

「さぁ、どこまで頑張れるかな?中道君」







「「「おらぁあ!」」」

20人を越える《狼》が雪崩のように襲ってきた時、俺はわざとそいつらに向かって飛び込み、一旦購買の陳列棚の前を明け渡した。

攻撃しに行った訳ではない。一個でも取られてはいけない今、そんな危険を冒すなんて愚の骨頂だ。

では、なぜ空白を作ったか。

答えは簡単。全てを潰すためだ。

《狼》を、殺すためだ。

「ふっ…!」

俺の後ろに待機していた辻恋が、持っていた辞書二つを、《狼》の群れに投げつける。

そう、これが最初に大勢で襲ってくるだろう相手を攻略するための第一歩。

「!」

辞書を当てられた《狼》二人は、声をあげる暇もなく、空中から引きずり落とされて、床に落ちた。

前に出た俺は、その二人の《狼》を踏みつけ意識を刈り取った後、落ちてきた辞書を捕る。

そして、そのまま前からラリアットをかましてくる二人の《狼》の頭を強打。その隙に横を通り抜けようとする《狼》の後頭部も殴りつけた。

「辻恋!!」

俺は、両手に持っている辞書の片方を、後ろにいる辻恋に投げる。

辻恋が捕れたかどうかの確認はしないで、俺は目の前から殴りかかってきた《狼》達の一人に辞書という名の鈍器を投げ、体制を壊す。

そして後続の二人の攻撃を、その《狼》の体を使って防御した。

「そんなんが、てめぇらの本気か!?」

二人の《狼》の頭を両手でぶつけ、気絶させた後、後ろに下がって、陳列棚の目の前に戻る。

陳列棚の前で弁当に手を伸ばしていた奴の手を、辻恋が弾き、俺が首に手刀をぶつけて、意識を落とす。

「温い!お前らがここで学んできたのは、《狼》なんていうお飾りの言葉だけか!」

攻撃の手を緩めず、俺は叫んだ。

「ふざけんな!!死ぬ気で来いよ!!」

「いつまでそんな《狼》ごっこしてんだ!」

「そんなんだから、お前らは一匹の《狼》すら倒せねぇんだ!」

何人もの《狼》を地に沈めながら、叫び続ける。

すると、《狼》達は、修羅のような表情を浮かべ、襲いかかってきた。

「お前如きに何がわかる!」

一匹の《狼》が吼える。

それは、一緒に飯を食べたこともある、あの黒髪だった。

「あの場に居なかったお前に、我らの何がわかる!」

それは悲痛な叫びだった。

彼は俺に怒っていると共に、自らにも同様な感情を抱いているのだ。

あの時の自分の不甲斐なさへの、怒り。

だが

「分かるかよ!プライドもなにもかも捨てた野郎共の気持ちなんざ!」

気持ちだけで、実行しなければ、そんな怒りは意味を持たない。

そんなに甘くない。

「あぁあああぁぁあああ!!!!」

彼はそんな俺の言葉に、拳で返してきた。

俺の言葉への怒りと、憎しみと、、、そして言い返せない自分への怒りを込めた拳を。

「そうだ!その目だ!自分の本能のままに闘え!糞《狼》共!」

俺は彼の拳を-突き出された腕を掴み、自分に引き寄せて膝ゲリを入れる。

彼はそれ一発で気絶した。

「…ぉぉおおおお!」

すると、黒髪に続くように、他の《狼》も襲いかかってきた。

そう、それだ。その清々しい敵意。純粋な敵意。

「やっと、きたか。獣共」

「さぁ、前哨戦はおわりだ」

《狼》との闘いはまだ終わりそうにない。

本来闘いが長引くのは良くない。それだけ弁当を取られる可能性が上がるからだ。

だが、俺も辻恋も《狼》を全て潰すことしか頭になかった。

そのほうが、復讐になるから--否、違う。

なかなかどうして、《狼》とのぶつかり合いは楽しいのだろう。







「はぁはぁ。。。中道…!」

彼女-高坂椿は起き上がる。

どうやら何分か気絶していたらしい。

「くそっ!」

彼女は拳を床に打ち付ける。彼女の経験上、争奪戦で気絶したら、もう争奪戦は終わっているからだ。

それはそうだ。あの乱戦では、全員が敵なのだから、すぐに《狼》は数を減らす。

それが、彼女の常識だった。

だが

「なんだ…これ!?」

彼女の目の前で起こっている争奪戦では、未だ10人以上の《狼》が残っていた。

「どういうこと…?」

彼女は、考える。

争奪戦が未だ終わっていない理由を。

すると彼女は、目の前の争奪戦に違和感を覚えた。

「争奪戦では、全員が敵だから……!」

そして彼女は至る。争奪戦がおわってない理由。違和感に。

それはつまり

「あの二人と、《狼》は闘い続けたのか…!?」

本来なら有り得ない。全ての《狼》がたった二人の、しかも一年生を狙って協力するなんてことは。

しかし、争奪戦が15分も続いている理由はこれ以外考えられない。

それを証明するかのように、《狼》達は互いに背中をあずけて、闘っている。

そんな様子は、

「犬のようだよね」

後ろから、思考を読み取られたかのように声をかけられた。

「!?……って宇都宮か」

「私で何か不満か?」

「……」

彼女はこの宇都宮という女性がどうも苦手だった。

なんというか、気味が悪いのだ。

椿が、不満だ、と言いかけたのを抑えたことを知ってか知らずか。彼女はカラカラと笑って、いってくる。

「彼ら、辻恋-『要塞』の復讐のために、こんな馬鹿なことをしているんだ」

『要塞』。

その言葉がどうしても彼女の頭に、あの時の情景をフラッシュバックさせる。

彼女は頭を振って、その映像を消して、宇都宮に聞く。

「こんな馬鹿なことってなんだ?」

「見て分からないかい?陳列棚の花見弁当が一個も減ってないことに」

「!?」

彼女は立ち上がって、目を細め、陳列棚をみる。

そこには色彩鮮やかな弁当が10個綺麗に並んでいた。

「どういうことだよ!?」

「どうって、そのままさ。彼らは、辻恋の復讐として、《狼》に一個も弁当を取らせないようにしてるんだ」

絶句。

彼女は、まさにその通りの反応をしてしまう。

だって宇都宮の言うことを、解釈すれば

「ここに来た何十人もの《狼》を、あいつらは二人で相手したのか…!?」

争奪戦史上一度もそんなことをした奴は居なかった。

彼女自身も不可能だと思っていたそれを、一年生二人がなしているのか!?

「さて、驚いてる手前悪いが、、、、君は争奪戦に戻らないのか?」

宇都宮の言葉で、混乱した考えが一度落ち着く。

そう、今重要なのは戻るかどうか。

今まさに全滅しようとしている《狼》として、争奪戦にもどるかどうかだ。

彼女は、少しの間逡巡して、

「行くよ。私は《狼》なんだ」

佳境を迎えた争奪戦に入っていった。