「金が全てさ」
その男は、あたかも当然のようにそう言った。
列車の中にいる三人。俺を除けば二人。つまりこの二人との会話で、記憶が戻らないと、俺は終わりだということ。
俺は俺のままで存在しなければならなくなるのだ。
不確定なまま、居なければならないのだ。
ドアに手を当てながら、俺がそんな事を考えていると、小太りでスーツを着た一人の男が声をかけてきた。
「なんとも、次の駅まで暇なんや」
その男はドアの側、つまり俺の近くの席に座り、ポケットからとりだしたタバコに火をつける。
「電車内は、禁煙だろ」
俺がそう言うと、彼は笑いながら答える。
「あんた記憶ないんやろ。そういう常識的な物はあるんや?」
これは痛いところをつかれた。本当はたばこが嫌なだけだ。
「くくく。まぁ、我慢しよう」
彼は煙草の火を靴の底で消す。
「さて、いつもはこんな事しないのだが…特別に君の記憶が戻る手伝いをしてやろう」
彼はこちらを見てニヤリと笑った。
「俺はな、生前金持ちだったんよ」
「あれ、驚かへんの?俺金持ち、とか言ってる奴程、気持ち悪いものはない思うんやけど…」
「あぁ、記憶がないんか」
「で、まぁ話を戻すが、俺は金持ちだったんよ」
「記憶がないお前には分からんかもしれへんけど、俺達が生きていた世界は金さえあればなんでも出来たんや」
「欲しいものは何でも手に入るし、どんな事もできる。そう、例えば」
「殺し、とかもや」
「なんやこれでも驚かんか。つまらん奴やなぁ」
「まぁ、いい」
「で、今言った通り、金は大事なんや」
「金は自分の身代わりにもなるんやからな」
「まぁ、そう思っていたのが俺の死因なんやけれど」
「そうや、こっからが俺の死に様や」
「その日、俺の会社に強盗が入ったんや」
「偶然俺もそこに居合わせたんや。偶然な」
「そもそも、そこは俺が持つ中で一番でかい会社やったからな」
「セキュリティは完璧やったんや」
「俺は、迎え撃とうおもて、たくさんの人間を動かしたんや」
「だが」
「誰一人戻って、いや、通信さえしてこなかったんや」
「いきなりどこかに消えてしまったように、なんの音もしないんや」
「強盗が入ったてのに、なんの音もしないんや」
「なんの変化もない。それが俺には恐怖だったんや」
「恐怖に犯されていく頭を精一杯落ち着けて、俺は通信を待ったんや」
「そこに」
「そいつは来たんや」
「顔を覆面で隠した、血まみれの男が」
「恐怖が」
「鬼が」
「徐々に近づいてくるそれ」
「人も、機械も全て死んだ中、俺には金しかなかった」
「しかし金や」
「俺は金を差し出したんや。もう一人の自分として」
「その化け物だって、人間なんやからな」
「これで終わりやと思った。俺は助かるんやと」
「金が全てなんやと」
「でも途中で気づいたんや」
「その化け物の目が、金なんかに向いていなかったことに」
「そこから先は一瞬や」
「お分かりのとおり俺はなんにもなくなったんや」
「ドス」
「って、一瞬で殺された」
「刺殺」
「視殺」
「そいつの目は俺の命を奪っている、ということ自体を楽しんでいたんや」
「それで、俺は死んだんや」
「金を信じた奴の末路や」
「それでも金は全てやとしんじているがな」
「まもなく餓鬼道。餓鬼道。お降りの方は、お荷物お忘れ物ございませんようご注意ください」
聞きなれたアナウンス。会話の終わりだ。
「んじゃ、俺はここでな」
彼はそう言って、席を立つ。
「あぁ、、、、あ、そうだ」
「ん?」
「金が無くたって、人は満足できるぞ」
「ほぅ?」
彼は舐めるような視線で俺を見る。
「それは?」
「自己犠牲、平凡、戦闘。少なくとも俺はこれで満足する奴らを知っている」
「…じゃあ、君はどうなんだい?」
「…それはまだ分からない」
俺がそう答えると、彼は笑いながら答えた。
「うん。そうや。多分、君や」
「は?」
俺の声を無視して彼は続ける。
「そうや。体格も、あぁ。ポケットの中…やな」
彼は俺の全身を隈なく見てから、独り言のように呟いた。
「あと、一人や」
それだけ言い残して、彼は降りた。
「どういう意味だ…?」
俺は眉根を寄せて首をかしげる。
彼とのやり取りを頭の中で思い出す。金が全て…強盗…あと一人。。。
そう、隣に来て…ポケットから煙草を…。ん?なにか、、、。
違和感。何かを思い出そうとする。
煙草。。火。否、ポケット…。
そして思い出す。
「ポケットだ…」
違和感。それは、彼がポケットから煙草を出したからだ。
何が言いたいのかというと、つまり、彼があの状況で煙草を持っていたということ。
生前の格好をしていたということ。
さらに、俺は思い出す。
彼がさり際に、俺をじっくり見ていたこと。
そして「ポケットの中」と呟いたことを。
「そうか、俺が、一番の手掛かりということか。…はは」
俺は沸き上がる笑いをこらえきれなかった。
俺の正体が分かる。そう思って疑わなかった。
しかし
ポケットから出てきたのは
「…ナイフ…?」