小さいなあ~

前の記事を書いたら、ペタが異様に着いたのだがなんでだろう?全然宣伝の一貫なら良いけども。なんかこう、基本否定ブログだから、ワード検索かなんかでここまでたどり着いた方には申し訳なくおもいます。所詮はオナニーブログですが。なんだかスミマセン。漫画描くとか書いたからいけなかったんだろうか?アレだったら鬱漫画連載でもしましょうか。でも私の漫画ってコマが半端無く小さいし文字が多いし、なんだかんだこのブログのよな体ですよ。あまりのコマの多さに「タンタンみたい」と言われたことがある。あそこまでワールドワイドじゃないが、まあコマ数はあれの1.5 倍といったところだ。
絵も話も魅力がなく。
映画が好きだからと言って、画面展開や構図に拘りがあるわけでもない。
興味のあることには足を突っ込むけど、その足を引っ張り出す責任は持ち合わせていない。
割りと多趣味な方ではあると思うけど。中途半端なんだ。まあオタク体質だから拘ると拘っちゃうけど!ぽるのみたいに。

暗いというよりも卑屈で根が腐った嫌なやつにんげん。
己の起こした行動にすら、気持ちを孕めないのは愕然とする。というかショックだ。別に自分ではない。私の脳内はいつも高野文子ばりのモノローグがテロップで流れている。

昨日福満を立ち読みしていたら、経験と陰鬱な人生から出来た漫画が描きたくなって描いてしまった…。主人公は私です。
些細な感情の振幅のなかにある、腐っていく言葉たちをものにできないかものかと、いつも悲しくなる。腐るどころか死んでいくのが可哀想でやりきれない。ダヴィンチのように思ったことを言葉にするノートを作り持ち運んでいたのだが、一向に筆が進まない。結局止めてしまった。
何事も忘れやすい私は、いくら小さなことを思おうが、のち思い出して何かにすることはほぼ皆無と言って良い。馬鹿で薄っぺらい人間はその場で言葉なりなんなりにしたほうが、こう…質より量って言うかね。世間に太刀打ち出来ない癖に一本勝負で自分をさらける位なら、小出しにわかりにくくうまそげにしていたほうが目は当てられる。気がする。
それにしても書き出そうとすると言葉を知らないからか全く内容がないし、陳腐だし、結局こういった文章になってしまう。狼狽してから頭の電子辞書の電源を切って蓋を閉じる。
パタンと音がする。

同時に目を瞑ると押し寄せてくる眠気に勝てそうもなく、眠ってしまうわけですが寝ることも大好きなので特な後悔もない。八王子三番ホームからでる東京行きの中央線がたまらなくすきだからよいのだ!(チアノーゼ)
だから冒頭のようなのは個人的に目も当てられない。
母校から帰宅なう
生徒ひとりもおらん!寂しいなあ。
晴れた夕に誰もいない母校を眺めると、小さいことをたくさん思い出す。
3年間一緒に帰ったなおなると、いつも定位置の信号で渡ってたな。とか。
ホテルゴルフがホールインワンだとか。(笑)
集合住宅の形が恐いこととか、校庭が金色だったとか。薄汚くてぼろぼろだけど、それでも必死に建ったままの、でもやっぱり老朽化してゆく我が母校。朝がだるかったな。学年に美術系進学者がいなくて常にやきもきしてたな。沸々とわく日常への怠惰を、どこへぶつけていいのかわかんなかった。中身のない同じ顔と同じ時間が揃っていただけの日々。それでもこんなノスタルジーに泣かされそうになっているのは、平坦な日常を愛していたとそういうことだな。
中学のとき、丁度今頃に、模試の結果が安定してないとかなんとかで第一志望の高校をすんなりと諦めた。
思慮深くなりたくて、なるべく上へ上へと行きたかったけど、すんなりと、それは潔く、志望校のレベルを下げた。あのとき何故躊躇しなかったんだろう。あんなに憧れていた高校だったのに。
そう思うとなんとなく、私が行くべくして行った高校だったのかな~とか思う。


高校は知らない世界だった。
みんな表面上、だからか優しくて、ある程度の良識と教養を兼ね備えている知能レベル(私は及ばなかった)が心地よかった。優しくて選ばれる言葉に身を委ねると、軽薄になっていく自分を、何段か上から見ている自分がいるのに気付く。非現実だ。
でも、ゆったりとしていた時間があったから、首を閉めることなくやってこれたのだった。高校のお陰で培った、ある意味今までの自分を否定するような`馬鹿明るい´性格は私をより社会に適応させてくれるであろう!これもある程度のレベルの高校に行ったお陰。
ひとりよがりにオサラバできる人格形成。

別に母校を誉めようとかそんなマンセー心は特に無いのだが、こうなっちゃうのは自己否定したくないのもありますよね(笑)!←ぶっちゃけ杉
まあ、欲目です。私をより適応者にしてくれてありがとうよ!

簡潔に言うと「まあこんなもんかな、と悲観する刹那に小さく光るものはそれ以上に綺麗」ということ。せっかくなので駅でサンジェルマンのパンを買って帰りました。