対比、と言われ、即座に浮かぶのは生と死である。
美術予備校浪人時代、粘土を用いて対比を表せという課題があった。悩んだ。そのときも、生と死しか浮かばなかった。
何故ここに辿り着くかは解明できないのだが、私は死より生に関心があるようだ。主に妊婦のフォルム。美しいあれこそ神秘のエロス…これはまた別の話なのだけど。
悩んだ挙げ句、資料で見かけた鮭の一生に強く惹かれていた。卵が孵化し流れながら成長をして、生まれ故郷に戻って朽ち果てていくという一生。直接的とも思ったが、私は事実そのままを粘土で表した。作品は子宮化し、今も心に深く残っている。
子宮化というのは完璧な造語で、作り上げた作品が己の子宮のように感じるという現象を点す。馬鹿馬鹿しいのだがこれで善し悪しを体感していたのだから仕方がない。見るとじくじくと疼く。泣きたくなる。それが子宮化である。
そして今、また対比という問題にぶちあたった。
即座に浮かぶ生と死。どんなものがどのように、と、そこを濁して表現するのはお門違いというものである。デザインとは伝達をすること、伝わらなければ意味がない。それでも強いイメージは私を強迫する。
穂村弘の『革コートの襟の毛皮に鼻埋めて(じゅうごねんまえころされたうさぎ)』という歌をみた。頭のなかで激しい対立が起きる。メタファを捜し、そのメタファが対立を生む。兎というひとつのモチーフ。
なんとなく倒錯的な、目眩を覚えた。
目が覚めて、それからすぐの体に血の回らない感覚や、焦点を合わせようとするその瞬間や、私が私を生きていることですら、倒錯的だのに。
むしろこれを表していくことが、私への理解に繋がるんだろうか。
ひとつひとつの課題をやらねばならない。
美術予備校浪人時代、粘土を用いて対比を表せという課題があった。悩んだ。そのときも、生と死しか浮かばなかった。
何故ここに辿り着くかは解明できないのだが、私は死より生に関心があるようだ。主に妊婦のフォルム。美しいあれこそ神秘のエロス…これはまた別の話なのだけど。
悩んだ挙げ句、資料で見かけた鮭の一生に強く惹かれていた。卵が孵化し流れながら成長をして、生まれ故郷に戻って朽ち果てていくという一生。直接的とも思ったが、私は事実そのままを粘土で表した。作品は子宮化し、今も心に深く残っている。
子宮化というのは完璧な造語で、作り上げた作品が己の子宮のように感じるという現象を点す。馬鹿馬鹿しいのだがこれで善し悪しを体感していたのだから仕方がない。見るとじくじくと疼く。泣きたくなる。それが子宮化である。
そして今、また対比という問題にぶちあたった。
即座に浮かぶ生と死。どんなものがどのように、と、そこを濁して表現するのはお門違いというものである。デザインとは伝達をすること、伝わらなければ意味がない。それでも強いイメージは私を強迫する。
穂村弘の『革コートの襟の毛皮に鼻埋めて(じゅうごねんまえころされたうさぎ)』という歌をみた。頭のなかで激しい対立が起きる。メタファを捜し、そのメタファが対立を生む。兎というひとつのモチーフ。
なんとなく倒錯的な、目眩を覚えた。
目が覚めて、それからすぐの体に血の回らない感覚や、焦点を合わせようとするその瞬間や、私が私を生きていることですら、倒錯的だのに。
むしろこれを表していくことが、私への理解に繋がるんだろうか。
ひとつひとつの課題をやらねばならない。