なるなおめり3娘1(笑)御開き。
ああ~楽しかったあ!!何気ない言葉に言葉を詰まらせる。
ふたりはものすごくカワイイのに何故彼氏がいないのか。考えられる点はふたつ、恋(恋心?)を認めるタイミングが遅すぎる、己に対してネガティブすぎる。最早恋愛にカワイイは必要ないのか?
なんてことを話しながら、早く3人一辺に彼氏できないかなあとか夢の話を…と思ったら私となおは被ったことあるんでした。
恋愛に対して臆病!とか何とでも言え!ただ特定の対人関係に不器用なだけなんだ多分。
ああみんなが幸せになりますように!幸せな恋を知りますように!願わくば断片でもよいので幸せをちょっと分けてください…


離れてるとどうしても恋話をしがちですが、3娘1で真の盛り上がりを見せるのは世界情勢やら昨今の犯罪取締制度やらなんでした。だからモテね-んだよ~!うちらは本当似てるなあ(笑)。
また近いうちに呑みましょう!
キスはいつでも塩辛い


顔全面に火傷(多分)を負った人とすれ違って、思わず目を背けた。なんだかなあ。
醜悪ではなくグロテスクに対する興味というものは本来人間が持っているものなのではないか。ほら、怖いもの見たさってさ!あるでしょ!
世界一可愛くない犬とか、眼球を飛び出させられるビックリ人間(NOTとめ。笑)とか、わたしはあんなんでもぎゃーぐろいやめてくれってなるのでグロ耐性は限り無く0に近いです、が、…見たい。この情報社会に未知の世界があるだなんて、私的には少し怖いことである。前記事にも書いたけど、なるべく多くの知識を備えたい私にとっては尚更なことなんである。
知らない方が幸せだった~なんて~っていう歌が流れる相葉ちゃんの超下らない番組あるよね…(笑)。


で、今日ハラケンと佐藤卓の作品集見てたんだけど
佐藤卓がマックスファクターのパッケージラインをデザインするときに、「知らないものの方が、側面から考えられて客観視出来る」とおっしゃっておった。何故口紅は立たなきゃいけないのか?私達には到底思い付かないものすごく素朴な疑問から、佐藤卓はデザインしていく。ものすごく小さなものに気付ける人。目が向けられる人。感動出来る人。ミクロの世界まで気を働かせ、デザインの本質である'付加価値の無意味さ'をもので言う。ああこの人はデザイナーだと、何とも情けないことを思ったりする。
空を見て感動する人は多いよね。写真を撮ったり。そういう人は絶対小さな感動を持てる感性豊かな人だと思う。空の単位が、目に見えない裏側の、めのうらにあるものの本質になる、その一瞬のミクロの世界に成るだけの話なのだから。そこがデザインの始まりだと、予備校生の分際でデカいことを思うわけです。



…論点がズレたところで、じゃあ情報社会で如何様にして生きて行くべきなのか?わたしのなんでもしりたい~しりたい~っていうのは良くないのかもしれないね。幾多にある情報から、本当に必要なものだけを広いあげる力…みたいな論文は、国語とか情報の授業で嫌なくらいたくさん見るからどうでもいいんだけども。
結局自分には限度があるんだということを認めなきゃいけないんだ。大人だから。それが自分と向き合うことなのだ。無限の可能性、より、自分の確かな力、を信じることがいきるすべて。



さ~このあとはなるなお3娘1(笑)だ!た~のしみ!恒例土間です。土間ご飯美味しいから良いよね。
大好きな堀江美都子の[ラセーヌの星]という曲の歌詞なのだけど、カラオケで見つけることが出来ず(曲名も知らなかった)歯痒い思いをしていたわたしに一報が。
これ歌ってんのミッツじゃなくてラセーヌ!

アニメって罪!!



というわけで非常にカラオケに行きたい。
高い声を出してスッキリするために、最近では男性曲のキーを2下げて(6キー上げということですが)歌っています。スピッツのさわって・かわってとか、SBDのコミュニケーションブレイクダンスとか、くるりのピアノガールはそのままオクターブ上で歌ってしまう!あ~カラオケ行きたいよ~。10月中にヒトカラ行こう…だって3時間で430円位なんだもん。良心設計。(?)
そんな毎日です。


予備校で「力付いたね」の類を説かれる。
自覚はまっっっっっったくない。危ない。色んな先生に作品を褒められるようになったが、もう貼り出さないでくれという羞恥しかない。恥ずかしい。集中力が前と格段に違う的な類も、はあ…みたいな御愛想で回避する。
成長は自覚する必要はないのですか?というか自分でわかるわけねーよって良く言うよね、なんてことを信じて今までやってきた…が…
それにつけてももう10月も後半ということで時間の波は早いなあと。去年の今頃はとにかくこの波の流れの遅さに耐えていた覚えがあるんですけど…年なのか?
まあこんな中途半端な所で振り返ってみても、結果わたしは浪人して良かったなア~と本当に思います。去年は恐いもの知らずというか世間知らずすぎた。なにも知らないより知っていたほうがいいのは当たり前で、というか無知より恐いものはないのだというのがわたしの結論。知識ほど在っていて無駄のないものなんてあるのだろうか?ってね!わたしは馬鹿だから知識を蓄積する脳みそが小さいゆえに、人より物事を知らない。やるせないが仕方ない。脳みそのせいなのに脳神経が勉強しろだとかいう命令をわたしに下さないのである。つまりは行動に移せないだけのないものねだりなわけなのであります。

関係ないのだが頭が良い人が「馬鹿は嫌い」と言っていたのにダメージを受けた。