ごきげんよう。栗毛馬です。
ついに、和久傳の『笹ほたる』を購入しました…!
このみやびなる和菓子を知ったのは、たぶん6~7年前。
「京都・和久傳 料亭のできたて甘味 簡素にして美味 和のレシピ」という美しい本で知りました。
『西湖』が自作できたらいいなぁ…との下心で買い求めたのですが、中の写真が美しすぎて…。
眺めてはただ、ため息をつくばかり。
自作する気になんか全然なれないのでした。
それで、もっぱら「美しい和菓子写真集」として手元に置いてあります。
中でも、とりわけ目と心を惹きつけてやまないのが、抹茶羊羹にほうじ茶羹を埋め込んだ、「笹ほたる」。
美しい見た目、美しい名前…!
食べてみたいと願いつつも、お値段に躊躇して、果たせていませんでした。
でもねぇ、相次ぐ値上げ。労働力不足。いい原材料が手に入らなくなる可能性…。
それを考えたら、
(なんだって、今がいちばん安い)
エルメス沼で骨の髄まで染み込んだ教訓が生きました。
必要なのは、思い切りのみ。
笹ほたるは、日持ちがしません。
店頭で購入する場合、賞味期限は翌日または翌々日(入荷タイミング等によるのだと思います)。
私が買ったときは、たまたま翌々日でした。
(2,484円(税込)を3日に分けて食べれば、1回当たり800円ちょっと。
高いけれど、そこらへんでお茶飲んでケーキ食べるよりはずっと安い。)
2日で食べきるのは、量的にきついけれど、3日あればなんとかなるのではないかと思いました。
数年来の夢だった、笹ほたる…。
中は、こうなっています。
水羊羹の箱が紙箱であることが多いのは、なぜでしょうね…?
紙の方が融通が利いて、崩れにくいのでしょうか。
美しい…!
この、こっくりと深い抹茶色。
ほら、ほうじ茶寒天が、見えますよ…!
なんて美しい。
静かな抹茶沼に、雲間から一条の光射す。
刃を入れるのに、勇気が要ります。
しかし、切らなきゃ食べられない。
恐る恐る、という感じで切り分けました。
ああ、残念…。ちょっと薄すぎました!
貧乏性なので厚く切るってことができないのです。
本当はあと数ミリ厚くした方が、美しいです。
ペラペラではこの豊かさが表現しきれません。
でも…、なんてきれいなのでしょう!
とよんと深い抹茶の緑に、琥珀色の窓。
蛍の光、月明かり。遠くの漁火、手元の蝋燭。
闇夜に燃え立つ、焚火の炎。
灯った明かり、というものにホッとするように、人の心はできているのだと思います。
では、いただきます…。
木のナイフを差し込むと。
やや重めの手ごたえ。
少しだけ粘度…というほどでもない抵抗を感じつつ、一口分を切り分け、口へ。
鮮烈な抹茶の香り、上品な甘さ、そしてほうじ茶の香ばしさに、渋み!
さらりと、わずかに豆の質感を残す抹茶羹。香り高い抹茶がふんだんに使われ、濃厚でありながら爽やか。まったりと甘さはあるけれど、この上なく上品。
食感は密で柔らか。手ごたえほどの硬さはなく、すうっとほどけて、溶けて消える。
絶妙なおいしさの抹茶羹。
そこへ、すいっとほうじ茶羹。
凝固剤は寒天かな?ぷりんと硬めで、舌で押すとぷりぷりりん、と砕ける。
香りと渋みが、たまらない。
キレキレの存在感が、まったり抹茶羹に鮮やかなアクセント。
抹茶部分とほうじ茶部分、それぞれを狙ってかじれば各々の味わいと役割が身をもって理解できて面白い。
でもやはり、一緒に食べるのがよりおいしい。
まったり、渋っ。まったり、渋っ。
青い味に渋い味。
甘さの中に、涼やかさ。
溶けるのど越し、弾ける食感。
相反する要素がこれでもか、と。
目も鼻も舌も歯も翻弄されながら夢中で食べ続け、気づいたら、もうない…。
夢からさめたような、白昼の蛍狩り。
『笹ほたる』のデザインは、見た目だけのためじゃない。
味の面でも計算しつくされた超実用的なものなのだと、食べてみて知りました。
食べながら、頭の中をぐるぐると流れていたのが、さだまさしさんの『風の篝火』(かぜのかがりび)。
曲も詩も声も、この上なく美しい。
笹ほたるは、このように保存しました。
野田琺瑯の深型レクタングルがぴったり。
翌々日まで、味落ちせずにいただけました。
こんなにも美しいお菓子が食べられる国、日本で生活できて本当にありがたい。







