どこでもないどこか。

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読まれないことを前提とした、なんとなく日記。

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久しぶりにヘロヘロQの演劇を観に行ってきた。

「5人の明智小五郎」として、

江戸川乱歩原作の小説を5日間で4作品を演じる「演劇」だ。

「朗読劇」とのことだが、敢えて「演劇」とする。



以前に一度だけ朗読劇なるものを観たことがある。

セットも何もない舞台の上にパイプ椅子を並べて、

登場人物ごとに決まった演者さんが台本を読むものだったが、

正直な感想は「眠くなる」だった。

演目に依るところが大きいというのもあるが、

どうしても目のやり場がないというか、

視覚的な刺激が少なすぎて目を閉じてしまうのだ。

別の朗読劇の写真を見ても、

舞台の真ん中に椅子を並べて演者が台本を手に持っていた。

そのため、朗読劇には二度と行かないだろうなと思っていた。



今回ヘロヘロQの朗読劇にそれでも行ったのは、

この劇団の生の舞台が久しぶりだということと、

彼らがその道のプロ中のプロであることに期待したのが大きい。

そりゃそうである。

プロの声優の集団なのだから持てる力の最大の発揮どころだ。



で、実際に劇場に入ってみて目を疑った。

めちゃめちゃセットが豪華なのだ。

 

ヘロQの大道具は毎回豪華だが、朗読劇でもそうなのかと。

遜色がないどころか頑張り過ぎじゃないかと思えるくらいだ。

そして舞台の上に椅子がない。

役者が自分で持って出てくるのか?

しかしそもそも椅子を置く場所の余裕もあまりない。

「これ、朗読劇だよね?」

という印象からのスタートだった。

地味になりがちな朗読劇の見た目を

少しでも華やかにする演出かなと思いながら喜んだ。



実際に始まると、またたまげた。

「いやいやいやいやいや、それを朗読劇と言っていいの?」

確かに地の文を読む語り手がいた。

登場人物ごとに役者がいて手に持った台本を読んでいる。

このスタイルを朗読劇と言うなら、確かに朗読劇だろう。

それが例え全員ちゃんと衣装を着て、

舞台の上を所狭しと歩き回りながら、

時には本のページを繰りながら、

時にはカードを捲りながら、

時には取っ組み合い紛いなことをしながらであったとしても。

おかげで朗読劇であるにも関わらず目でも楽しめた。

ぶっちゃけ下手な普通の芝居よりも断然こちらの方がよい。

朗読劇らしからぬとは言え、普通の芝居よりも動かない分、

声の芝居のウェイトが高いのは変わらないから、

そりゃクオリティの高いものになるのは必然と言えば必然だ。

大変な満足度である。



芝居そのものは1時間ほどと短かったため、

少し物足りなさは残ったがその後にトークショーが30分ほどあった。

これがまた楽しく、ここまで含めて1つの作品と言っていい。

興味深かったのが「朗読劇だから読まなきゃいけない」という

 

関さんの言葉。

どう見ても台詞は覚えてしまっていて読まなくてよさそうだったし、

実際に台本を手に持たないシーンもところどころあったが、

広げた新聞紙や手に持ったカード、捲った本のページなど

様々な小道具に台詞を書き込んでいたと言う。

その理由が「読まないと朗読劇にならないから」なのだと。

覚えた台詞をしゃべったら朗読にならないという理屈だ。

「なるほど」と「なら普通の芝居でいいじゃないか」が

自分の中で交錯した。



どんなに大きな劇場の一番後ろの席でも

SS席と同じくらい楽しめる劇団

それが自分のヘロヘロQに対する印象なのだが、

今回はそれを如実に感じられる芝居だったと思う。