佐藤、鈴木、高橋……日本の名字のバリエーションは10万を超えるともされています。どこにどんな名字が集まっているのか、電子データを活用し、その〝偏り〟の解明に挑んだ男性がいます。町や丁目単位で可視化した地図から浮かび上がってきたものは……。(朝日新聞デジタル企画報道部・篠健一郎)

【画像】佐藤、鈴木…名字が集中するのはどこ? マップで可視化

全国の2300万の名字を分析

作成したのは、地図会社の東京地図研究社(東京)の小竹尊晴さん(おだけ・たかはる、29)です。幼いころから地図に興味があり、大学院では人文地理学を専攻。名字の地理的分布に関心を持ち、珍しい名字を調べるようになりました。 小竹さんによると、名字研究家の間では「東日本は名字の種類が少ない」ことが知られていました。これを統計分析で裏付けたいと考え、2年ほど前に趣味で名字の全国分布を調べ始めました。 使ったのは、個人名と住所が載った電話帳「ハローページ」の電子データです。ハローページの発行は2023年2月までに終了しています。携帯電話の普及や個人情報保護の意識の高まりで年々掲載件数が減っていたことから、掲載数が比較的多かった07年度版から抽出した約2300万件の名字を分析しました。 ただ、データには名字と名前の区切りのミスなどがあり、実際には存在しない「幽霊名字」も。国立国会図書館に繰り返し通い、紙の電話帳や住宅地図と見比べて少しずつ整備。1年かけて整えたデータを、現在の大字町丁目単位の地図に当てはめました。 休日などに少しずつ取り組み今年春にほぼ完成。出来上がった地図からは、地域ごとの名字の偏りや広がりが見えてきました。

 

「偏り」少ない地域にも注目

名字の「偏り」をまとめた全国地図は、5月に東京であったGIS(地理情報システム)のイベントで公表しました。 小竹さんは特定の名字が集中する地域だけではなく、「偏り」が少ない地域にも注目しています。「偏りが少ない地域は、人口の割に名字の種類が多い地域とも言い換えられます。実際に能登半島や中国地方西部などには珍しい名字が非常に多くあります」 分析結果は今後、学会などで研究発表したいと考えています。小竹さんは「名字の地域分布は見えてきましたが、なぜこのような地域性が生まれたのかについてはあまり深掘りされていません。データ分析と並行して、地方史や農村社会学、民俗学などの観点からの調査も進めたいと考えています」と話しています。

 

 

 

 

「X藤」「X本」はどこに多い?

例えば「高橋」は、隣接する岩手県南部と秋田県南部に多く、「佐藤」は東北地方の太平洋側と日本海側に広く分布していました。 「小林」は新潟県や長野県北部、山梨市周辺に集中。「渡辺」は福島県二本松市周辺、「伊藤」は名古屋市周辺にそれぞれ固まり、「鈴木」は静岡県浜松市から愛知県西尾市周辺にかけた地域に目立ちました。 一方、明治や大正時代に多くの人が移住した北海道では名字の偏りは見られませんでした。 また、名字でよく使われる漢字にも注目。「加藤」や「斎藤」など「藤」で終わる名字は東日本に、「山本」や「松本」など「本」で終わる名字は西日本に、「秋元」や「福元」など「元」で終わる名字は宮崎県南部や鹿児島県に、それぞれ多く見られることもわかりました。