義母の放射線治療の運転手のために
今日相棒が再び実家へ。
当初の治療セッション回数より増え、
その間機械の故障もあり2週間滞在しておりましたが、
夏休みも終わりに近づき、
新学期早々試験もあるため準備材料を取りにきた相棒でしたが、
明日からまたセッションが始まるので
今日の午後帰るとのこと。
やっと修理からもどった自分の車に乗り換えての実家戻りなので、
道中はクーラーも効いて快適に帰れそうですがやはり3時間半は大変。
まだ職場復帰ならない弟くんが数日きてくれると助かるのだけれど、
無理は言えないし、相棒には「できる間に親孝行を」と励ましております。
親の介護で辛いことの一つは
「親の弱さを見届けること」
だと思います。
子供の頃、厳しくしつけられた子供は尚更の事、
親の力は絶対と感じて育ちますから、
あるところで父親が自分より弱くなり、
あれだけタフだった母親が弱音を吐くようになったり
ゆっくり歩くようになるところを見るのは
なかなかしんどいかもな、、と想像します。
そうなっても相棒兄弟は
両親の面倒をよく見ていると感心します。
先日、義父の遺書開封を済ませました。
なにも特別なことはなく、
相続、家督引き継ぎは義母に、と落ち着きました。
これで一通り義父のための作業は終わり、
義母は治療に専念しつつ、
未亡人としての生活を続けることとなります。
今の所は元気で、近所に住む多くの家族との
関わりを大事に過ごしているようです。
でも、義父母が叔母を世話したおかげで
自分たちの生活ペースを崩さずにいられたことを
忘れてしまった甥っ子姪っ子達に
義母の世話の一部を託すことはできないと相棒は確信したそう。
今回の病院への片道30分ほどの送迎においても、
たった一日だけでも渋る様子。
先週木曜日、相棒が義母の送迎を頼んだ甥(実の姪の夫)は、
仏頂面でやってきたかと思うと、一言も口をあけず、
相棒が一時帰宅のため駅に向かうところで「じゃあ」と言っても
背中を向けていたそうです。
そんなに頼まれごとが嫌だったのか?
と感じた相棒は、今後仕事が始まり
義母が一人となる場合頼れる従姉妹が限られるとなると
どうしたものか、と本気で考えています。
義父の逝去後、義父母の兄弟達が
「いつでも必要なときは声がけしてね」
と言ってくれましたが、
蓋を開けると、
彼らは孫の世話で手いっぱい。
みんなこの季節、
小さい子供を預けてバケーションに行っちゃったそうです。
こちらも、九月になれば仕事が始まり
その場合でもお孫さんの送迎や学校終わりの世話を
しなければなりません。
というか、この叔父さん達が倒れたらどうなるんだろう?
娘たちはみんなバルセロナに住んでいて子育てや仕事もあるし。。
と私たち自身の身の上を重ね合わせて心配してしまいます。
ヘルパーさんを頼む方法もありますが、
義母はあまり他人に家にきて欲しくない様子。
うー、せめて私が運転できてたらなぁ、、、
なんか、今日はグチになってしまいました。
すいません。
というわけで、
相棒がもう1週間、事情によれば月末まで留守になります。
私の生活になにも変化はないのですが、
こちらでも何事もなく見守れればと思います。
体感では40度、と言われてもあまり感じなかった昨日、
今日は朝からカリマ(サハラからの黄砂)がきているらしく外は黄色いです。
これから気温が上がる予報です。
日本はお盆明けでなんとなく力が出ない方もいらっしゃるかと思いますが、
怪我や熱中症、お体に注意をしてお過ごしください。
