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http://mentalharmony.org/cordiality20160926

 

 

私が何よりも在り方として大切にしていることは❝真心❞です。

誰かと接するとき、そして自分自身と向き合うとき、自然と心に留めていること。

❝思いやり❞は他人軸の言葉、 ❝真心❞は自分軸の言葉だと思っています。

誰かの影響でブレることがないから。

 

 

 

真心というのは誠意をもって心に尽くすということ。

自分の心から始まる相手への心遣いや優しさ 。

心に尽くすっていうのは❝自分の心❞に対してです。

相手ありきになってしまうと揺らいでしまいやすいのです。

 

 

 

相手からの称賛、評価などを自分の期待通りであることを望んでしまうと辛くなります。

「自分はこんなにも色々して❝あげた❞のに、あの人はお礼の一つも言わなかった!」

のように、頼みもしないのにやっておいて相手に勝手に批判し罰を下すことになります。

 

 

 

相手が自分をどう評価するのかは、相手が決めることです。

それをコントロールしようとするのはただの自分勝手。

 

 

 

何よりも自分の在り方を大切にする。

だからといって自分を拡充した相手の存在を忘れてはいけません。

 

 

 

まずは自分から、というと自分の欲さえ満たせばいいという短絡的な思考に陥りがちです。

相手の立場にたって物事を考えることが、まるで自分を潰すよ!と悪い考えのようにされていたり。

しかしそうではないのですよね。

 

 

 

思いやりというのは、相手を察することや優しさ、心遣いのこと。

この思いやりって自分が放つ真心が相手に対して心地よいと感じたときに相手が受ける感覚です。

だから相手ありき、他人軸の言葉だと私は思っています。

自分が誰かのためにしたことを、誰もが肯定的に受け取る訳ではないのです。

相手も自分と同じように、生きている中で自分なりの物の考え方を身に着けています。

 

 

 

自分のもつ価値観を唯一無二の真実として正しい、間違っていると判断したり

批判し罰を下そうとするのは、偽りの神を演じるただの支配者です。

 

 

 

思いやりを持とうとすると、その行為で相手から批判されたりすると憤りや悲しみを受けます。

自分は間違っていたのかな・・・と思うことになります。

 

 

 

違うのです。

自分には自分の真実があり、相手には相手の真実があるだけのこと。

誰もが自分と同じように考えている訳ではないというだけのこと。

 

自分の心から始まる相手への心遣いや優しさに、正しいとか間違ってるという判断基準はありません。

誰かの評価や称賛、期待の為ではなく自分の心の為にしているから。

真心は❝自分の心に尽くす❞ことで、相手の存在を尊重することなのだと思うのです。

 

 

 

支配者など必要ないのです。

教祖として崇めるような人も不要です。

自分が依存しなくてはいけない関係は、いずれ身を犠牲にすることになります。

 

 

 

自分の真実を相手を真実を尊重し

お互い真心をもって人と繋がれたら、自分も相手も心地よいと思える関係を築いていけます。

 

 

教えて教えられ、気付き気付かされ、人は成長して豊かになっていくものだと思います。

 

 

あなたの素敵な在り方を

誰かの批判や悪口でなくさないでくださいね。

わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。

自分の心に尽くすことは自分を大切にし、信頼すること。

それはブレない自信に繋がっていきますから。