英語を教える者=単語を覚えるきっかけを作る者、だとオレは思う。
語学は、何と言っても、単語がすべてだ。
文法とよく言うが、不規則動詞の活用とかだって立派な「単語」だ。
確かに一般性のある文法は、理解の面もあるが、ほとんどの場合、フレーズの暗記に過ぎない。
そして、フレーズとか、チャンクの暗記は、単語の暗記と共に進む。
英語教師に大いに疑問。
そういう単語の暗記を促しているだろうか?
そして、もっと肝心なのは、自ら単語の暗記に励んでいるのか?
自分で、そういうプリントを作っているのなら、そういう努力をしていることになる。
しかし、人間はその性たるや物凄く怠慢で、教える側とて教わる側と同じくらい怠惰そのものだ。
だから、たらたらやっていく1~2年のうちが共に大好きだ。
オレみたいに、英語の代わりに数学や物理をやるのなら話はわかるが、そんな訳はまったくない。
英語なら、英語しかやってないのだ。
それなのに、日々進歩とかいう、極めて普通なことを怠るのでは、低いレベルに合わせる初等教育みたいだ。
単語を新しく覚えるのは実に厳しい。
しかし、それすら、オレにはぜいたくなことだ。
オレには、そういうことは許されていない。
自分の勉強という、物凄い贅沢は、今ある課題をこなさないとできやしないのだ。
暗記は、起きて最初の勉強で始める。
それは、前にやったことの確認だ。
そして、前にやった続きの新しいとこだ。
これをちゃんとやると、楽勝で1時間以上になる。
本来の勉強は、すべてここから行うべきなのだ。
それでこそ、まさに充実した進歩の毎日の継続だ。
(しかし、今のオレには許されてない、この暗記生活。)
(オレが、現役高校生の時は、これしかやってなかったのに・・・)
今の課題(=みんなをいい大学に合格する装置を作りあげること)がある程度終わらないと、こうした記憶という道楽は望みえない。
誰よりもその価値を愛し、誰よりも記憶の大切さに飢えているこのオレに許されないとは、実に不満でいっぱいだ。
たとえ、めっちゃ難しかった複素数平面を1通り解き終わったのに、やはり根本的には不満だ。
それは、英単語プリントの作成を犠牲にしてやらざるを得ないからだ。
1度始めたプロジェクトをやめにするのは、物凄く不満だらけだ。
やっぱり、数学は大事なとこだけ抜粋してやることにし、英単語プリント作成は続けよう。
時間があるのに怠っている人の分までも。