こころ・せいしん・こみゅにけーしょん -4ページ目

自動思考と

fasebookなるものを最近始めました。


ここアメーバともリンクさせています。


他のSNSもやっていますが、よりリアルな関係性を心地よく感じつつ、「友達」が増えるに従っていろいろ読者に対して気を遣う必要性も増えてきて、若干の戸惑いが生まれてきました。


このままいくと沈黙のロム人間さんか、いいね!さんになってしまうなあ。


と、ひとしきり考えて「まいっか」という結論にたどり着くまで5分くらい(笑)


いろいろな展開、良くも悪くもあるだろうけど、考えても仕方ないと。


もう少し時間短縮したいな。


明晰夢

趣味は夢を見ることです。何より明晰夢


明晰夢、夢を見ているときに、それが夢であると自覚し、その上で「かなり」自由に行動できるという夢。


問題はその「かなり」の部分。その時の状態や環境(寝ている周囲がうるさくないとか)違う。


深く入れいているときは(といってもレム催眠であるはずなので、眠りそのものは浅く、半覚醒なのだが)、行動の幅も拡がり、飛べたり瞬間移動的なことができたりする。


明晰夢仲間のKさんは私より上手に動けるらしくて羨ましい。


今朝は時間に余裕があったので、数はたくさん見れました。


覚醒した状態から「体勢を整えて」意図的に夢に入っていくことを何度も成功させました。


今日の収穫はシチュエーションを結構自分で設定できるようになったこと。


ただ今日は短い時間で覚醒してしまうパターンが多かった。


もう今週は忙しくてできないだろうなぁ。



波を読む(サーファーではない)

自分のメンタルの状態。


今日は調子いいとか悪いとか。


テンションが高いとか低いとか。


たいがい皆波があります。


波の形や、変動の大きさ、サイクル、人によって違うと思います。


で、その自分の状態があって、人と接する。


その人もどこかの状態にある。


よく知っている同士だと、あ、今日は調子悪そうだな、とか、今日はすごい元気だなとか思ったり。


でも初めて会う人なんか、それはわからない。


なので、そのときの印象がその人のタイプとして認識されてしまいがち。


実際は互いに一定ではないメンタリティー、できるだけ認識を固定化させないほうがいいな、と思います。


あと、そういう自分の状態を、その日々その時々で客観視できると、行動するに際して無理や望まない結果を導くことなくすむことができる可能性が高いのではないかとも思います。


・・・書き始めのとき書きたかったことを、書いている途中に忘れてしまったという。。。


う~ん、今日はマイナス0.5ポイントかな。

ビジネス畑と福祉畑

相反する、とまでは言えないかもしれないけど。


同じ社会構造の中にあって、必ずしも相補的な関係にはないような気がします。


ビジネスを極めるとどこかでその尻拭いをしなければいけない場面が生じる。


負けた人と傷ついた心。


それを癒し、最低限の生きる保障を行うがの福祉、社会保障。


社会保障は勝者あるいは中間層の吐き出した税金で賄われる。


勝ち組がいるから負け組みも生きていける。



そうなのかなあ。


そういう典型的な図式もあるかもしれないけど、違うスタイルがあってもおかしくない。


ただコミュニティーの域は出ないんだろうな~。


ん~もう少し。(お利口さんの頭脳がほしい)w

性差

男と女の違い。


身体的な違いはいいとして。


精神的な面。


GID、性同一性障害(DSM)というものがあります。


男女の境、メンタリティーにおいてはさほど無いのかも。


それはそれでいいとして(置いておいてというニュアンスでなく、それはありだよねという)


おかまちゃん(そういう仕事に就いている人たち)を見ると「全然女らしくない」と思う。


容姿は別として、メンタルがね。


たまたまなのかなあ。でも例外に遭遇したことがない。


GIDかも、という人とけっこう会ったことがあるけど、やっぱらしくない、演じているというか、成りきろうとしている感じ。先入観なのかもしれないけど。


で、そのことは何も問題ではない、本人たちがしたいようにすればいいと思うのです。


ただ、そうできない、自分の性を受け容れがたくて、しかも別の性も駄目。


そういう人がけっこういるのだ、と最近気付きました。


性交、子作り、子どものいる生活だけが人生じゃない。


そういう人生で幸せを感じることができる社会も必要だよな。


やっぱコミュニティーが存在できる社会が望ましいのではないかと思う。


まとまりがないな、まあひとりごとだからいいか。

簡単なセルフケア

五感にアプローチするセラピー。


視覚、これは癒すことと同時に傷つける要素も。なので他の感覚がいいかも。


好きな場所の情景は癒すイメージだけど、脳に伝わる情報はその場のオトやカオリが強い。


視覚的なイメージは、脳が勝手に作り変えてしまうことも。


なので、カオリとオト。


これらをうまく使うと、セルフセラピーの強力なツールができる。


お気に入りの最高の音や香りである必要はないんです。


自分が「ここ、この場所の空気、音、香り」と思える空間を見つけたら


その時に、好きな香りや音楽を「刷り込む」んです。自分が自分に対して。


人から勧められたものじゃ弱い。できれば自分が選んだ音と香り。


それと映像イメージを重ねる。


大事な空間。あなたを守ってくれる空間、音、香り。


読む人によってはチンプンカンプンでしょう?


何か感じた方は参考にして頂ければ嬉しいです。

段階的なセラピー

世の中にはいろいろなセラピーが存在しています。


どれも誰かには有効だと思います。


つまり、その技法が一番最適であるという状態の方に使えればそれがいいということ。


ただ、クライアントさんも変化をしています。いい時も悪い時も。


なので、その時の状態に応じたセラピーを有効に使うことが大事っだと思うわけです。


例えば、うつの急性期のとき、認知行動療法なんてセッションを始めることすら難しいでしょう。


とはいえ、そんなときは薬しかないよね~、ということもありません。


イメージセラピーや、アロマなど「香り」系、ボディーケアなどを用いた「リラックス」するためのセラピー。


これらは有効だと思います。人間の「言葉」でその方の心の扉を開けるのでなく、「五感」にアプローチするという方法です。


少し安定する時間が増えてきたら、アニマルセラピーや作業療法、箱庭療法など、直接人間に対峙しない、動物や自分自身と向き合う方法がいいと思います。


やる気、意欲、そういうものが出てきたら、認知行動療法、ブリーフセラピーなど、問題解決と社会生活に向けたセラピーがいいでしょう。


ただ、これは疾患の種類でも違います。


乖離があるなど深い傷を持ったクライアントさんには、もう少し多面的なケアやトレーニングが必要だと思います。


http://roomf.web.fc2.com/


※フレルでは箱庭療法は行っていません。絵画療法、イメージセラピーなどは行えます。

そうは言っても精神科医は必要

どちらかと言えばアンチ精神薬、アンチ現代医療、的な記事が多い私ですが。


現代の心を病んでいる人たちの人数と、急性期対応のシステムを考えるに医療機関を見限ることはできません。


良心的な医師も一定割合ではいます。


そういう先生たちと、私たち代替医療などを扱う人と、ワーカーさん、あるいはコーディネーターがうまく連携すれば、これは現時点では理想に近いケア・サポートができると思うのです。


で、先日ある精神科医の先生が協力して下さることになって、とってもハッピーです。


名ばかりの重鎮に依頼して了解を得ることは、まあできると思っていたのですが、名前だけ借りてというのはちょっと嫌だなあと考えていたので、今回若い医師に賛同頂けてラッキーでした。


何だかんだ言っても、一般の人の信頼感、安心感は違うでしょうからね。


あ、ちなみに大学の研究室とも連携してまっす。


Room-F http://roomf.web.fc2.com/

いい精神科医とは

話しやすいとか、よく聴いてくれるとか、希望する薬を出してくれるとか、何となく癒してくれるとか。


まあいろいろな要因があるでしょう。


何でもいいと思います。患者さんが信頼して受診できれば。


ただ、患者さんが医師を頼りすぎてしまう状況が必ずしもいいとはいえません。


勿論、段階的なものとして全面的に信頼する時期はあるでしょうし、それはそれで必要なことだと思います。


いつ、そこから脱して自立していくか。


そういうことを一緒に考えてくれる医師が「いい精神科医」ではないかと思うのです。


だってお医者さんは病気を治すことはできないですもんね。


治すのは本人、医師はサポーター。できることは限られている。


それをわかった上で患者さんに接し、他の部分のアプローチ(生活面、環境面、社会との関係など)についても取り組まないといけない、と説いてくれる医師が・・・理想かな。


急いで治すことにこだわらないで、病気とうまく付き合っていきましょうね。よく聞くセリフですが。


これは「治さなければ!」と強迫観念のように取り付かれている人に投げかける分にはいいですけど、そうでない人に対しては「病気とうまく別れていきましょうね」と言ってほしいです。

ノンコンプライアンスその2

その1はかなり前に書いてます。


昨日あるクライアントさんと面談をして、そのまま心療内科に連れて行ったのですが。


面談時に発覚した薬のノンコンプライアンス、要は決められたとおり飲まない(不遵守)という。


人によって理由は様々で、そもそも薬を信頼していない(気が向いたら飲む)人、自分の理念に基づいて飲む人、あまりきにせず飲んだり飲まなかったりの人、そして今回のクライアントさんのように「飲んだかどうか忘れてしまう」人、もいます。加えてこの方もそうでしたが、症状が出ると余計に飲んでしまう人。


治療的な観点から好ましくないのは勿論、OD気味になることで肝臓その他内科的なダメージも心配。

そして、望むべき薬効も期待できないこともあります。



薬を管理する方法はいくつかあります。


人に(他人に)管理してもらう。カレンダーにポケットをつけて、その日に飲む薬をわかりやすくする。薬局で日別に個包装してもらって日付をつける・・・などです。


守ろうという意思がその方にある場合はこれらで何とかなるでしょう。


ただ、乖離の症状を持っている人は、自分の行動をコントロールできていないことが多いので、誰かのサポートが必要だと思います。


さらに、それをいつか終わらせるには、薬の力だけでは不可能だとも思います。


協力者を探しましょう!