映画にみる≪存在してはいけない≫のパターン | Mental Cafe 『メンタル カフェ』セラピストのブログ



映画のオープニングで


制作関連者の名前が英語の文字で


現れては消えていく最中、


これから段々とストーリーに入っていくという時に、




「えっ」?   っていう




はじまり方をする。






まさに、掴みはOKの瞬間である。


これは「ハロルドとモード」という映画のはなし。





Mental Cafe  『メンタル カフェ』


ハロルドは、幾度となく自殺のマネを繰り返す。




君はなぜ首をつって天井からぶら下がっているのか


君はなぜ血まみれでバスタブに横たわっているのか


君はなぜスーツをきてうつ伏せでプールに浮かんでいる




シュールさに笑えてくる。


でも心が痛む。





あぁ ハロルド君、かわいそうに。


お金持ちで、綺麗な母親は


全く君のことを理解してないし、愛してくれないんだね。




ハロルドは生まれた時から


親に存在価値を与えてもらえないことが容易に想像できる。



禁止型の信念でいうと



≪存在してはいけない≫ を持っているパターン。







彼が自殺の真似をして母親を困らせるのは、


頭がおかしいわけでも、精神病でもない。


意識の根底にあるのは、


親の愛情に飢えていて


存在を認めて欲しくて


魂が叫んでいるんだ。





この映画は、自らの存在意義を見出せないハロルドが


母親よりも年上のモードと出会って


心を通わせる中から、自分の存在価値を見つけていく、


純粋なラブストーリーだと思う。





モードは天真爛漫で自由奔放


社会的なモラルやルールに縛られることのない


フリースピリットを宿している。





二人の会話はこんな感じで進んでいく



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(人の車を自分のモノのように乗り回すモードに対して)


ハロルド 「車があるとのっちゃうの??」



モード 「毎回違うのを選ぶ、新しい経験を求めてね」



ハロルド 「でもみんな怒っている」




モード 「怒るのは、自分のモノと思ってるからよ」


     今日あるものは明日あるとは限らない」




    「執着しちゃだめよ、それさえわかっていれば


     モノを集めても構わない」







この奔放さに、観ている私も


次第にモードのファンになっていく。



Mental Cafe  『メンタル カフェ』



モード 「私はヒマワリになりたい、背が高くて気取らない。


     あなたは何の花に?」




ハロルド 「(白い花を見て)この花かな」




モード 「なぜ?」




ハロルド 「みんな同じ形をしている」




モード 「でも実際は違う。ほらみて、小さいのもあれば、太いのもある


     伸びる方向もまちまち。よく観察すると全部違うのよ」



  「いいことハロルド、世の中の不幸はこの花のような人がもたらす


    他人と同様に扱われても、なんとも思わない人たち・・・」









あぁ、なんて純粋で綺麗な映画なんだろう・・・


悪癖 美徳 モラルに縛られて自分の人生をごまかしてはいけない






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