わが子が、発達相談に行ったとき、
周りの人には知られたくない、と本能的に思ったのは、
それを知ることで、いろいろ想像されて、馬鹿にするようなツッコミが来るかもしれない、と思ったからだと感じている。
その始まりは、初めて社会と触れ合う「幼稚園」へ行ったとき。
一か月しないうちに同級生に「おまえ変だ」と言われたらしい。
幼稚園生だから、思ったままを伝えたのだろうし、私は、それを言った子についてとやかく思うところはないけれど、
帰り道にその話をしてくれた時、「〇〇(自分の名前)は変じゃない!」と自分を納得させるようにつぶやいていたのは印象に残った。
幼稚園に入るまで、自分が変だ、なんて言われたことはなく、否定されたことに衝撃とショックを受けたのかもしれない。
その時も、私は自分や誰かを傷つけること以外は、一人一人違ってみんなOKだと思ってもいたので、「〇〇は変じゃないよ」と伝えておいた。
わが子は、自分の世界に入ってしまうと周りは見えなくなってしまうので、無視をしているように見えることもある。ちょっと感性が変わってもいたので、なんか自分とは違う、と感じた一部の子からは、ある意味いじめのようなこともあったし、仲間外れになっているときもあった。
1:8:1の法則というのがある。
1割は無条件で好意を持ってくれる。1割は無条件で敵意を持つ。残り8割はどちらでもなる。
うちの子の場合、幼稚園の頃は、残りの8割のうち敵意を持つ側に半分以上がいた。それで、本人がすごく悩んだりもしていた。
そんな出来事と、私との会話があって、8割の人に自分をプラスに見てもらうことで、自分がつらい思いをしないで済むということを、本人の中で直感的に感じ取れるようになったらしい。
だからこそ、発達障害 という言葉で、8割の人が「自分自身を見ないで、その言葉だけで判断するのでは」と直感的に思ったのかもしれない。
今の自分は、ちょっと嫌なことも努力しながら頑張っているのに、言葉一つで、自分自身を見てもらえなくなる不安。
発達障害という大きなくくりには、そんな落とし穴があるように思う。