6回目の空砲の後、D3で受診。

 

7回目の採卵周期に突入・・

の予定だったのですが、

 

いつもはD3受診では呼ばれない内診室に呼ばれ、

『空砲の次の周期は内診があるのかー』

なんて思っていたらそうではなくて、

 

お父さん医師

『本来は内診ない日なのですが、させてもらったのは、、』

 

と言いながら血液検査の結果を見せられ確認すると、

D3なのにE2が200弱

 

お父さん『こういう場合、前周期の卵が残っていることがほとんどで、

それで内診で確認させてもらいました。

結果、やはり残っていました。遺残卵胞っていうものになります。

 

採卵することもできるけれど、

遺残卵胞の場合、良くない卵の場合がほとんどなので、

今回は採卵せず、薬で一旦リセットという形が良いと思います。』

 

 

ということで、1周期お休みということになってしまいました。

 

 

空砲で1周期無駄になってしまってしまった後だったのと、

ちょうど35歳のうちに採卵できるラストチャンスだったので、

お休みになってしまってショックでしたショボーン

 

 

なぜここにきて遺残卵胞・・えーん

と思いつつ、またプラノバールを処方され帰宅。

 

 

ふと前回の採卵周期を思い出しました。

 

 

直前の診察で卵胞は2つ見えていて、

1つは左に19mmくらい、

1つは右に12mmくらい

 

でも採卵当日は針を1回しか刺されなかったんです。

 

私、過去の採卵で右側のときはかなり痛みを伴う採卵で、

6回目のとき、

まず左側から始まって、

次に右側に移った時、

1分半くらい右のおなかをぐりぐりとされていて、

小さいほうの卵胞を探しているのは解っていて、

 

普通なら、

『見つけて~!採卵して~!!』

と思うところだと思うんですが・・

 

ぐりぐりされている間に、

初めての採卵のときの激痛の記憶が蘇ってきて、

 

『右、もう採れなくていい。もう終わりにしてほしいえーん

 

って、思っちゃったんです。。

 

結果、見つからなかったようで右側は針をささずに終了。

そして針を刺した左側は空砲だった、という結果。

 

このとき右側にあった卵が遺残卵胞になったのかなショボーン

なんて思いました。

 

 

空砲、そして遺残卵胞、

どちらも初めての経験となりましたが、

大事な1周期を何もできず無駄にしてしまう辛さを知りました。

 

なので今後は採卵時に、

痛みの記憶に負けて『採れなくていい』

なんて絶対に思わないようにしようプンプン

と心に誓いました。

 

 

そして結果としてのお休み周期のうちに、

35歳⇒36歳へとまた1つ歳を重ねてしまいましたえーん