3姉妹のそのまんま、やさしい暮らし。 -33ページ目

3姉妹のそのまんま、やさしい暮らし。

うちの3姉妹のこと。
三女の闘病、両眼性網膜芽細胞腫(眼の小児がん)のこと。
かわいい3人の小人との やさしくて、ていねいな暮らし。

ある方のブログで、

【運気が上がるコツのひとつに
 「終らせる作業」というのがある。】


というのを読んだ。

(面倒で後回しにしていたことを、片付けていくと、運気が上がるらしい)



よーし、やるぞ~と、やる気を出して、

あれこれ片付けてたら、

うっかり、、、

しばらく避けていた道を自転車で通ってしまった。



生後5ヶ月のharuを診察に連れて行った眼科のある通り道。


生後11ヶ月の時に、別の眼科で網膜芽細胞腫と診断されて治療が始まったのだけれど、

それからはその道を通るたびに嫌な動悸がするので、その道は敢えて避けていた。



~過去を振り返ります~



生後3ヶ月の終わり頃。

首が座ったharuを遠くから呼んだ時、

何となく視線がずれてると感じた。

上の二人を育ててきて、そんなふうに感じた事はなかったから、

なんか変だと、直感で思った。


その後すぐに、次女のnatsuが水疱瘡に罹患して、落ちついた頃に、haruが水疱瘡に罹患。


家から出られない日々が続き、保健所で受ける予定の乳児健診も受けられずにいた。


haruの水疱瘡が落ちついた頃も、

遠くからharuを呼んだ時にやっぱり、

視線がズレるような気がしたので、

誰にも相談せずに、

近所の眼科を受診した。




簡単にささっと診察をして、


「赤ちゃんによくある斜視(偽斜視)でしょう。

しばらくしたら自然に治ります。

それよりも、皮膚はどうしたの?

薬は塗ってる?」



眼の症状よりも、

乳児湿疹がひどかったharuの事を心配しているようだった。


眼科医の言葉に、若干違和感はあったけど、

偽斜視との診断にホッとした。


私の考え過ぎだった、

問題なくて本当に良かったと、

あの時、思ったんだ。




生後6ヶ月から保育園に預けて、

バタバタと過ごしていた。

誰からも、どこからも指摘されることはなかったけど、

私だけがharuの斜視を気にしていて、

またいつか専門医に診てもらおうと思いながら過ごしていた。


その後の事は、前に書いた通り。






治療が始まってからは、


目の前で起こっている現実に向き合わなければいけない自分と、


「あの時(生後5ヶ月)に診断してもらっていたら、、、」

という、その時にはもうどうする事もできない事に対する、怒りや悲しさと闘う自分がいた。



ただ、目の前で必死に生きる我が子を見て、過去を悔やんでいてはいけない、【今を一緒に生きよう】と決めて、怒りや悲しみに蓋をした。




そして今日、

今までそのまま、

感情に蓋をしたままだった事に気付いてしまった。



その眼科を見ないようにして、

忘れようと思ってた(なかった事にしよう)

思い出す事を避けよう(思考を止めていた)

としていた事に気づいてしまった。



今日、運気を上げようとして動いていたら、うっかり、眼科を見てしまって、やっぱり嫌な動悸がした。



もう、整理しないといけないのかもしれないと思った。



今、モリモリ元気に、いつもそばにいてくれるharu。


その事実だけで、それだけでいいんだ。


その眼科を見ても、変に意識しなくていいんだ?

ん?
あれ?
どうやったらいいんだろ?


あら~、分からないわ_| ̄|○