家族の生活の事、子育てについて聖書の原則を当てはめれば幸せになれると信じたお母様達は、やがて聖書と言うよりは、jw内でのしつけの方法へ固執する。
ムチである。
ムチは、子供のお尻を手やゴムホースや定規や文字通りムチ棒なる物で叩く事。
理由は親に従順か否か。従順でないとみなされたら、有無も言わさず叩かれる。しかも、拒めば拒む程回数が増える。
何回も時には何十回も叩いて何の意味があるのだろうか?ポジティブな効果は見込めないと気付かなかったのだろうか?
今振り返ると不思議…
ただ、当時の主婦のjw達の中でそのようなムチ至上主義的な雰囲気があったので、親達は自分のしている事へ疑問も持たず、子供のために正しい事をしていると信じていたのだろう。
また、ちょうど団塊の世代の親世代は戦前戦中の産まれの人。殴り飛ばされることは普通の時代。
そうした今みたいに児童虐待という言葉もあまり世間では馴染みなかった頃だろう(憶測です)。
それに加えてうちの母は、学生時代スポーツ部に入っていた体育会系。体力と根性は備わっていた。ムチへの気合いははいっていた。
もちろん自分が子供の幸せの為に正しいと信じた事(ムチ)を一生懸命やる。
自分が子育てしてみると、当時の親たちの子供の幸せを願う動機は理解できる。…ような気がする。
しかし、それで受けた子供達の心の傷は消えない。やり方を間違えれば動機良くても結果は最悪だ。
自分も、我が子が何度言っても従わない時や不敬な態度(自分がそう感じた事).があると、男の子だし必要と考えお尻を1度だけ叩く事がある。
思わず子供に『鞭だよ』と無意識に言っていた時はぞっとしたが…妻にムチって言い方⁉︎と制され気付きました(汗)
我が子の躾は、自分が嫌だった事したくないと思っていたが、結局自分がされたようにしてしまうものなのだろうか。
懲らしめは必要だと思うが、どうすればよいのか?昔を思い出して、気がつきました。
今一度よく考えて、子供と向き合っていこう。
※結論のない話にお付き合いくださりありがとうございます。