こんにちは
memrera(メムレラ)です
*私が動物との記事を書くことの
はじまりはこの記事からです。
「私にとっての動物と生きること」
保護シェルターで
お手伝いをしていると
よくあることなのですが、
ついさっきまで、
ご飯をあげる時も
水を換える時も
「シャーっ」
と言って怒って、
時には手が出てきたりして。
シャーっと言われるだけで怖いし、
引っ掻かれると痛い。
「ご飯をあげようと思っただけだよ~」
と言いながら、
お顔を見ると、
一瞬たりとも油断するものかと
ケージの中から
ジーっとこちらを見ている。
怖かったかな、
ごめんね。
と、
ちょっとドキドキしながら
謝ったりしていた
そんな猫さんが
翌日、
お手伝いに行くと、
別の猫さんみたいに
スリスリ~
ゴロゴロ~
って、甘えてくる。
うそでしょ~![]()
その豹変っぷりに
驚きつつも、
そんな姿が
かわいくってしょうがなくて、
嬉しくってしょうがなくて。
もちろん、
猫さんにも性格がありますから、
みんながみんな、
スリスリのゴロゴロの
抱っこ大好きになるわけではありません。
その猫さんが、
安心してリラックスしている姿は、
それぞれです。
だけど、
そんな猫さんの豹変体験を
何度もしていると、
シャーっ、
シャーっていう猫さんを見ると、
この子はいつ、
どんな変化をするんだろう? って
楽しみに思えたりします。
ふと、
そんな猫さんの姿と
自分の姿が重なった時がありました。
間違えてしまったらどうしよう?
誰かに違うと言われたらどうしよう?
すべてが無駄になったらどうしよう?
お金が足りなくなったらどうしよう。
この仕事、失敗したらどうしよう?
この道が違っていたらどうしよう?
そんな想いが浮かんで、
ちょっと怖くて、
ちょっと緊張している、
そんな張りつめた自分。
1人で頑張ろうとして、
そんな風にドキドキしている時は、
差し伸べてくれた家族の手や、
優しくしてくれた友人の想いも、
シャーっといって受けとれない。
あぁ、これは、ケージの中で
すべてに怯えていた猫さんと同じだ。
この私では、
うまくいくはずのことも
うまくいくことはない。
これが私の本来の姿じゃない。
ここは本来のこころの場所じゃない。
まずは、
優しくてあったかくて、
安心して、リラックスしている
そんな本来のこころの場所に戻ること。
そのために、
一つ深呼吸をして、
間違えてしまったら、
誰かに違うと言われたら、
すべてが無駄になったら、
お金が足りなくなったら、
この仕事、失敗したら、
この道が違っていたら、
私はどうなると思っているんだろう?
そしてそれは、
本当にそうなのかな?
怖がる猫さんに、
そっと手を差し伸べた時のように、
怯える自分に手を差し伸べます。
例えば、
「間違えてしまったら、
みんなに迷惑をかけてしまう。」
それで?
「自分ができない人間だと
みんなに思われてしまう。」
それは本当にそうなのかな?
そして、
例えばそうだったとして、
それで私自身の価値や在り方に、
何か影響や変化があるのかな?
誰かに違うと言われたら、どう?
お金がなくなったら?
失敗したら?
自分はダメな人間だと思われ、
それで人生は終わるのだろうか?
いえ、
そうではない。
そうではない。
例え、
結果がどうでも、
それで周囲がどうなっても、
そこから、愛を学んで、
そこからまた、あったかく生きていく。
私はそんな人生を歩いてきたい。
その自分の気持ちに気がつくと、
今まで自分の中で大きく広がっていた
「~どうしよう?」が
消えてなくなっていって、
自分が安心して、リラックスできました。
すると、
さっきまで心配することに夢中になり、
「~なったらこうしよう、あぁしよう」と
起りもしていないことのために
使っていたエネルギーが
自分のこころをあったかくして
目の前のことに向かって、まっすぐに生きる、
その方向に使っていけるようになりました。
不安や緊張で怯えている
その姿は本来のあなたではない。
そして、
いつだって変われる。
安心してリラックスしている
それこそが本来のあなたの姿。
大好きな猫さんが
そんな優しい真理の世界を
優しく届けてくれて、
この気づきが、
私を大きく変化させてくれました。
