ポーセラーツを始めたころに、作ったタイルの作品です。照りつける太陽に向かって咲くひまわりをちぎり絵にしました。
夏らしくて、気に入っています。
さて、先日亡くなった姉の義父の話です。
お父さんは亡くなる前日まで、毎日きちっと日記を書いていらっしゃいました。
そして、亡くなる前日に私の両親へ夏の御挨拶、お中元のお礼をかねて手紙も投函なさっていました。そして、告別式の日に私の兄が、そのはがきを持参して参りました。
90歳という年齢でも、震える手を抑えて、丁寧に一字一句書かれたその字が、お義父さんの生き様まであらわしているかのように、感じました。
永 六輔さんが無名人語録というノートにメモしてあった中からの、普通の方々の言葉です。
「お彼岸、お盆、法事…そういうチャンスに、できるだけ死について、死者について話をするべきです。それが死を受け入れるトレーニングになるんです。みんな死ぬんですから」
「死に方ってのは、生き方です」
「死んだっていうからおかしいんだよ。先に行っただけなんだから」
「生まれたように死んでいきたい」
「死ぬという事は、宇宙とひとつになるということ」
「死んだら他人の世話になるんだから、生きている間に他人の世話をしとかなきゃね」
「人間は自分の言った通りになんか生きられません。そんなことしたら死んじゃいます」
「昔はね、呆けるほど長く生きなかったの」
「死ぬってことは、あの世というか、親のところに行くっていう感じだと思います」
「生きにくい世の中ってのはわかるけど、死ににくい世の中でもあるんですよね」
「当人が死んじゃったということに気が付いていないのが、大往生だろうね」
先日の千葉の火葬場では28人のかたが一日で荼毘に付されていました。
都会のあまりの数に、私も驚いてしまいました。
今日も一日頑張ります。
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