ポーセラーツの楽しさをお伝えしながらも、横道にそれることが多く、また長い記事になっても、お付き合いいただいている方ありがとうございます。
今日は、また特に長い記事になるのと、不快に思われる方、どうぞスルーしてください。
今日実家の父は、叔父と二人で鹿児島へ向かいます。九州新幹線のお蔭で鹿児島まで、関門海峡を渡り二時間で着くそうです。それからバスに乗ること二時間。目指すは鹿屋基地です。
ここは私の伯父、父の兄が零戦で飛び立った場所で、本日慰霊祭が行われます。
昭和20年4月。アメリカが沖縄に上陸を開始しました。日本はこの大部隊に対し、阻止するため残存する特攻兵力の大部分を挙げました。
これが『菊水作戦』です。楠木正成の旗印の菊水にちなんで名づけられたこの作戦は、今日を第1次とし、6月21日の10次まで、未曽有の神風特攻が行われました。あの戦艦大和もこの特攻総攻撃に連動すべく、本日水上特攻しています。この作戦により、海軍、陸軍で3000名もの人が特攻で亡くなりました。
ここからは、同窓会報に寄せられた記事を、引用いたします。
当時、属する大村海軍航空隊では、128名の隊員のうちから特攻隊員を選ぶことになった。これにあたっては、長男、一人息子、妻帯者はまず外されたようである。発表されたのは3月上旬のことで52名『海兵72期のA中尉・海軍予備学生13期の伯父のM中尉、1期候補生、 飛錬出身の下士官、兵達』であり、『神剣隊」』と命名された。また、海兵及び予備士官の先任将校であったA中尉と伯父に対しては命令であり、他については強制ではないから、若し家庭の事情その他があれば申し出るように、とのことであった。しかし、誰一人として辞退を言い出す者はいなかった。
この日を境にして、隊員たちは合同宿舎に入り、「神剣隊指揮所」の高札を掲げ、連日の如く猛烈な特攻訓練が行われた。
4月6日夕刻、M中尉を隊長とする第一神剣隊は、菊水作戦の第一陣を承り16機編隊の特攻機をもって、敵大機動部隊の真只中に突入を敢行した。鹿屋基地を飛び立つ際にして、M中尉は次のように書きとどめている。
皇国の興廃を決する最後の大作戦に当り、名誉ある最先陣を承る
本日一八〇〇以降皆様の御心の中に生きませう
天皇陛下萬歳
四月六日
神風特別攻撃隊神剣隊 M中尉
間もなくM中尉は、海軍少佐に任ぜられると共に功三級・勳五等を授与せらる。
数年前、父が孫たちに伯父の遺書を初めて読んで聞かせ、私もその複製をもらいました。
拝啓
其後益々御清栄のことと拝察致します
私この度大命を奉じ
最後の御奉公を致すこととなりました
武人の誉 一門の名誉 何れか之に過ぐるものがありませう
母上様も嘸お喜びのことと存じます
私も之に優る孝はないと 勇躍出撃致します
皇国眞に興亡を決する
のとき 我一度突撃
すれば久遠の勝利は
正に我にあります
大戰果を期してお待ち下さい
隊務繁忙を極め何処
へも御挨拶出来ません
宜敷お伝へ下さい
山田さんには本当に筆舌に
盡せぬお世話になおりました
立派なお母さんを御二人も
持った幸福者です、
よくよく御礼申上げて下さいませ
兄上様へもお知らせ出来ぬ
かも知れませんが 此旨お伝へ
下さい 弟二人は何卒
お頼み致します
では御自愛の程を切に切に
お祈り致します
盡七生誠
有此一期
四月三日
神風特別攻撃隊
海軍中尉 〇〇平〇
母上様
伯父は沖縄の海で安らかに眠っているのでしょうか。
この遺書に、私の子供の名前が四つ入っていたのが、偶然とはいえビックリしました。
父たちは、今回がもう最後の慰霊になるかもと話していました。
鹿屋基地を飛び立ち、開聞岳を旋回し、さよならを告げたらしく、父たちも明日は、開聞岳をのぞむそうです。無事に帰ってもらいたいです。
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其後益々御清栄のことと拝察致します
私この度大命を奉じ
最後の御奉公を致すこととなりました
武人の誉 一門の名誉 何れか之に過ぐるものがありませう
母上様も嘸お喜びのことと存じます
私も之に優る孝はないと 勇躍出撃致します
皇国眞に興亡を決する
のとき 我一度突撃
すれば久遠の勝利は
正に我にあります
大戰果を期してお待ち下さい
隊務繁忙を極め何処
へも御挨拶出来ません
宜敷お伝へ下さい
山田さんには本当に筆舌に
盡せぬお世話になおりました
立派なお母さんを御二人も
持った幸福者です、
よくよく御礼申上げて下さいませ
兄上様へもお知らせ出来ぬ
かも知れませんが 此旨お伝へ
下さい 弟二人は何卒
お頼み致します
では御自愛の程を切に切に
お祈り致します
盡七生誠
有此一期
四月三日
神風特別攻撃隊
海軍中尉 〇〇平〇
母上様
伯父は沖縄の海で安らかに眠っているのでしょうか。
この遺書に、私の子供の名前が四つ入っていたのが、偶然とはいえビックリしました。
父たちは、今回がもう最後の慰霊になるかもと話していました。
鹿屋基地を飛び立ち、開聞岳を旋回し、さよならを告げたらしく、父たちも明日は、開聞岳をのぞむそうです。無事に帰ってもらいたいです。
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