8/4
朝、様子を見に行くと穏やかな顔で眠る弟
体にも異常はなさそう
「良かった」と母と言い合い、
疲れているのだろうから起きるまで寝させておこうということに
私と母は用事があったのでお昼前に外出
出掛ける前にも一度母が様子を見に行くも特に異常なし
出先から帰ったのは19時半頃
遅めの夕食を食べ始めたものの、弟が一日中
部屋から出てきた形跡がないことに気付き様子を見に行くことに
何か悩みやストレスが原因で倒れたのだとしたら
母が行くよりも私が行った方が話してやすいかなと私が弟の部屋へ
倒れた俺格好悪いなとか
倒れる原因になったこと話さなきゃいけないけれど言いにくいなとか
そんなことを思って部屋に引きこもっているのかと思ったので
むしろテンションはかなり上げた感じで
ドアを開け、部屋に入るとベッドの上に弟の姿
寝込んでもおらず、部屋の電気も普通に点いていたことにホッとして
「大丈夫?」と話しかけつつ近づきました
「…うん」と「う゛ぅ…」の間みたいな返事
立てた右膝に右手を乗せ顔は下を向いたままの姿勢
やはり体調が悪いのだろうかと
更に近づいて手の平を額に当ててみても特に熱がある訳ではなく
「平気?具合悪い?」
「…ううん」
ミニテーブルに置いていった昼食に手がついてないのを見て
「食べなかったの?起きられるなら下(居間)行ってご飯食べよ?」
「…うん」
「どうしたのよ」
「…」
「…?」
「記憶がない」
かなりの勇気を出して言ってくれたはずなのに
倒れたことを覚えていないのだと勘違いする私
けれど「記憶がない」→記憶喪失か!などと人は思えないものです
私は母から聞いていた倒れた前後の状況を説明しました
支度している時に倒れて…
こんな風に倒れてて…
意識取り戻してこんな姿勢になって…
ベッドに自分で入って眠ったんだよ
と。
その説明の中で
行こうとしていた習い事の固有名詞を出したのだけれど
説明を終えてすぐ「…○○?」
どうしてそこに疑問を呈するのかな?とは思いました
その後、また黙り込んでしまった弟
やはり倒れる原因になった事について
何らかの自分なりの心当たりがあるのかなと思った私は
それを聞きたいと思い
「何か聞きたいことや言いたいことあるなら答えるし聞くよ?」
そんな風に言ったけれどなかなか話してはくれない
10分以上経って、
もしかして無理して聞き出さない方がいいのかなとも思い始めたけれど
でもそれは弟を独りにさせてしまうことになりそうで
やはり話して欲しい聞かせて欲しい
「なんにも出来ないかもしれないけれど、
一人じゃなくて二人で考えれることは出来るんだからさ。話してよ」
私のその言葉を遮るように
「落ち着いて聞いてくれる?」と下を向いたまま言う弟
「勿論」と返す私
弟は息を吸った後言いました
「記憶がない」
同じ言葉をつい先程も聞いたけれど
先刻私が受け取った意味ではないことは自明で
昔、母が言っていました
「子供が出掛けている状態で警察や学校から電話がかかってきた時
被害者になった可能性と加害者になった可能性を考える」と
弟が話しそうで話さない数十分の間、その言葉を思い出していました
そして、何を言われたとしても
我を忘れるな、受け止めろ、受け入れろと自分自身に言っていました
でもね、吐き出された言葉が“記憶喪失”
予想外
「女の子妊娠させちゃった」
「人殺したんだ」
それらの方が余程“普通”の悩みです
現実味があります
「…全部?」
「うん」
「…」
「とても優しくしてくれてるのに申し訳ないけれど
(あなたのことも)分からない」
この時、特に優しく接してたりはしなかったからこそ
この言葉はこたえました
これを特筆すべき優しさと捉えるほど今のこの子は孤独なんだ、と
「ごめんなさい…ごめんなさい」
震えながら謝る弟
この子が謝るべきことなど何もないのに
ベッドの近くまで行き、腰掛け、手を握って
「…大丈夫。大丈夫」
まるで迷子になっていた幼子が母親を見つけた時のように
強く強い力で手を握り替えしてくる
大袈裟でなく思いました
「私のこの手は今、この時
この子に差し出し、この子の手を握るためにあったんだ」
既に自分より、だいぶん大きな彼
その頭をかかえて自分の左肩に抱きました
2,3分すると彼も落ち着いてきて
私自身も最初の頭真っ白状態なショックからは、なんとか抜け出して
一つずつ確かめるように会話をしました
自分の名前・私の名前・今日が何日か・今年は何年か
家族は何人か・それぞれの名前
そしてもう一度倒れた時の状況も
弟の話では目が醒め、でも何も分からなくて
もう一度寝て醒めたら何とかなっているのではと思ったけれど
二度目に起きても何も分からなかったとのこと
「記憶…戻るのかな?」
「…分からない」
気休めの返事はできませんでした
今、何をすべきなのか
これから、何をすべきなのか
きちんと系統立てては考えられなかったけれど
とりあえず母に話そうと思い、弟にも許可を取り母の元へ
弟の部屋を出る際に、ベッド横のミニテーブルに置いてあったipodを渡し
「これもあなたのだから良かったら聞いてみて」
「どれがオススメ?」
「うーん…この人かなぁ」
私は弟が最近よく聞いていた天野月さんをオススメしました
階下へ降り、あまりに時間が経っていたので
何していたの?訝しげな母に「ちょっと…外出よう」と声をかけ
家から少し歩いたところにある駐車場へ
「あのさ…○○(弟)記憶飛んでる」
「?倒れたこと?」
「…じゃなくて、それもだけれど…全部」
「…」
「自分が誰か、私が誰か、此処は何処か、
家族のことも、学校のことも、今がいつかも」
この状況で母に取り乱されたら
正直困るなぁと思っていたのだけれど
意外と冷静に聞いてくれたのが救いでした
部屋に入った時こんな様子で、こんな話をして、今は落ち着いている
ということを伝えると、少し考えた後で
「…会えないかな?」
母として当然の想いですね
突然押しかけていっても驚かせてしまうだけなので
家に帰り、とりあえずは私が母に会ってくれるか聞きにいくことに
部屋に入るとベッドに転がり
ipodで音楽を聴きつつ本棚にあった
D-Gray-manを読んでいる弟
ええ、とてもくつろいでいらっしゃいましたw
母が会いたいと言っていること、でも無理はしなくていいよ
と伝えると少し考えて「会う」との返事
寝っ転がっていた姿勢からピシッと起きあがったので
私はウケて「いいよ別にw」
母を迎えに行き一緒に弟の部屋に
母は身体は大丈夫かということを尋ね
弟は母に「お名前は?」と尋ねました
母は咄嗟には返答が返せなかったので私が「○○」
お腹を痛めた我が子、16年育ててきた我が子に
自分の名前を尋ねられた母の胸中を思うと今でもかなり辛い
最初に私が「ご飯食べる?」と聞いた時は食べないと言っていたけれど
母が「少し食べてみれば?」と再度勧めると
「食べてみる」と言い出してくれて
ロールキャベツとウィンナー、そしてご飯を部屋に持って行くと
きちんと完食してくれました
“最初の晩餐”です
ご飯を食べる弟と世話を焼く母を見ながら私は
母は偉大だなぁと改めて思いました
食べ終わって、少し話をした後
今日は疲れているだろうからもう休もうと
弟に「お休み」を言って、私と母は部屋をあとにしました
始まりの日
すなわち、今の弟を発見した8/4のことは
私自身、思い出すことすらなかなか辛い記憶です
他のことは手帳や日記につけていたけれど
この日のことは一切書けずにいました
初めて詳細に思い出しつつ言葉にしたのは8/25
Twitterの非公開アカウントの中でのことでした
それを転載したものはこちら
朝、様子を見に行くと穏やかな顔で眠る弟
体にも異常はなさそう
「良かった」と母と言い合い、
疲れているのだろうから起きるまで寝させておこうということに
私と母は用事があったのでお昼前に外出
出掛ける前にも一度母が様子を見に行くも特に異常なし
出先から帰ったのは19時半頃
遅めの夕食を食べ始めたものの、弟が一日中
部屋から出てきた形跡がないことに気付き様子を見に行くことに
何か悩みやストレスが原因で倒れたのだとしたら
母が行くよりも私が行った方が話してやすいかなと私が弟の部屋へ
倒れた俺格好悪いなとか
倒れる原因になったこと話さなきゃいけないけれど言いにくいなとか
そんなことを思って部屋に引きこもっているのかと思ったので
むしろテンションはかなり上げた感じで
ドアを開け、部屋に入るとベッドの上に弟の姿
寝込んでもおらず、部屋の電気も普通に点いていたことにホッとして
「大丈夫?」と話しかけつつ近づきました
「…うん」と「う゛ぅ…」の間みたいな返事
立てた右膝に右手を乗せ顔は下を向いたままの姿勢
やはり体調が悪いのだろうかと
更に近づいて手の平を額に当ててみても特に熱がある訳ではなく
「平気?具合悪い?」
「…ううん」
ミニテーブルに置いていった昼食に手がついてないのを見て
「食べなかったの?起きられるなら下(居間)行ってご飯食べよ?」
「…うん」
「どうしたのよ」
「…」
「…?」
「記憶がない」
かなりの勇気を出して言ってくれたはずなのに
倒れたことを覚えていないのだと勘違いする私
けれど「記憶がない」→記憶喪失か!などと人は思えないものです
私は母から聞いていた倒れた前後の状況を説明しました
支度している時に倒れて…
こんな風に倒れてて…
意識取り戻してこんな姿勢になって…
ベッドに自分で入って眠ったんだよ
と。
その説明の中で
行こうとしていた習い事の固有名詞を出したのだけれど
説明を終えてすぐ「…○○?」
どうしてそこに疑問を呈するのかな?とは思いました
その後、また黙り込んでしまった弟
やはり倒れる原因になった事について
何らかの自分なりの心当たりがあるのかなと思った私は
それを聞きたいと思い
「何か聞きたいことや言いたいことあるなら答えるし聞くよ?」
そんな風に言ったけれどなかなか話してはくれない
10分以上経って、
もしかして無理して聞き出さない方がいいのかなとも思い始めたけれど
でもそれは弟を独りにさせてしまうことになりそうで
やはり話して欲しい聞かせて欲しい
「なんにも出来ないかもしれないけれど、
一人じゃなくて二人で考えれることは出来るんだからさ。話してよ」
私のその言葉を遮るように
「落ち着いて聞いてくれる?」と下を向いたまま言う弟
「勿論」と返す私
弟は息を吸った後言いました
「記憶がない」
同じ言葉をつい先程も聞いたけれど
先刻私が受け取った意味ではないことは自明で
昔、母が言っていました
「子供が出掛けている状態で警察や学校から電話がかかってきた時
被害者になった可能性と加害者になった可能性を考える」と
弟が話しそうで話さない数十分の間、その言葉を思い出していました
そして、何を言われたとしても
我を忘れるな、受け止めろ、受け入れろと自分自身に言っていました
でもね、吐き出された言葉が“記憶喪失”
予想外
「女の子妊娠させちゃった」
「人殺したんだ」
それらの方が余程“普通”の悩みです
現実味があります
「…全部?」
「うん」
「…」
「とても優しくしてくれてるのに申し訳ないけれど
(あなたのことも)分からない」
この時、特に優しく接してたりはしなかったからこそ
この言葉はこたえました
これを特筆すべき優しさと捉えるほど今のこの子は孤独なんだ、と
「ごめんなさい…ごめんなさい」
震えながら謝る弟
この子が謝るべきことなど何もないのに
ベッドの近くまで行き、腰掛け、手を握って
「…大丈夫。大丈夫」
まるで迷子になっていた幼子が母親を見つけた時のように
強く強い力で手を握り替えしてくる
大袈裟でなく思いました
「私のこの手は今、この時
この子に差し出し、この子の手を握るためにあったんだ」
既に自分より、だいぶん大きな彼
その頭をかかえて自分の左肩に抱きました
2,3分すると彼も落ち着いてきて
私自身も最初の頭真っ白状態なショックからは、なんとか抜け出して
一つずつ確かめるように会話をしました
自分の名前・私の名前・今日が何日か・今年は何年か
家族は何人か・それぞれの名前
そしてもう一度倒れた時の状況も
弟の話では目が醒め、でも何も分からなくて
もう一度寝て醒めたら何とかなっているのではと思ったけれど
二度目に起きても何も分からなかったとのこと
「記憶…戻るのかな?」
「…分からない」
気休めの返事はできませんでした
今、何をすべきなのか
これから、何をすべきなのか
きちんと系統立てては考えられなかったけれど
とりあえず母に話そうと思い、弟にも許可を取り母の元へ
弟の部屋を出る際に、ベッド横のミニテーブルに置いてあったipodを渡し
「これもあなたのだから良かったら聞いてみて」
「どれがオススメ?」
「うーん…この人かなぁ」
私は弟が最近よく聞いていた天野月さんをオススメしました
階下へ降り、あまりに時間が経っていたので
何していたの?訝しげな母に「ちょっと…外出よう」と声をかけ
家から少し歩いたところにある駐車場へ
「あのさ…○○(弟)記憶飛んでる」
「?倒れたこと?」
「…じゃなくて、それもだけれど…全部」
「…」
「自分が誰か、私が誰か、此処は何処か、
家族のことも、学校のことも、今がいつかも」
この状況で母に取り乱されたら
正直困るなぁと思っていたのだけれど
意外と冷静に聞いてくれたのが救いでした
部屋に入った時こんな様子で、こんな話をして、今は落ち着いている
ということを伝えると、少し考えた後で
「…会えないかな?」
母として当然の想いですね
突然押しかけていっても驚かせてしまうだけなので
家に帰り、とりあえずは私が母に会ってくれるか聞きにいくことに
部屋に入るとベッドに転がり
ipodで音楽を聴きつつ本棚にあった
D-Gray-manを読んでいる弟
ええ、とてもくつろいでいらっしゃいましたw
母が会いたいと言っていること、でも無理はしなくていいよ
と伝えると少し考えて「会う」との返事
寝っ転がっていた姿勢からピシッと起きあがったので
私はウケて「いいよ別にw」
母を迎えに行き一緒に弟の部屋に
母は身体は大丈夫かということを尋ね
弟は母に「お名前は?」と尋ねました
母は咄嗟には返答が返せなかったので私が「○○」
お腹を痛めた我が子、16年育ててきた我が子に
自分の名前を尋ねられた母の胸中を思うと今でもかなり辛い
最初に私が「ご飯食べる?」と聞いた時は食べないと言っていたけれど
母が「少し食べてみれば?」と再度勧めると
「食べてみる」と言い出してくれて
ロールキャベツとウィンナー、そしてご飯を部屋に持って行くと
きちんと完食してくれました
“最初の晩餐”です
ご飯を食べる弟と世話を焼く母を見ながら私は
母は偉大だなぁと改めて思いました
食べ終わって、少し話をした後
今日は疲れているだろうからもう休もうと
弟に「お休み」を言って、私と母は部屋をあとにしました
始まりの日
すなわち、今の弟を発見した8/4のことは
私自身、思い出すことすらなかなか辛い記憶です
他のことは手帳や日記につけていたけれど
この日のことは一切書けずにいました
初めて詳細に思い出しつつ言葉にしたのは8/25
Twitterの非公開アカウントの中でのことでした
それを転載したものはこちら