こちらもよろしければ♪
主に教育現場からの目線で書いております。
たまにはR(現役教師)についてのお話や全く関係のないお話もありますが。
じゃらじゃらじゃら・・・
「ねー。この1円玉、なんとか990円と変えてくれない?」
な、なんですかその1円玉の数。
集金日。
いつもは滞納していたDくんが、今回はちゃんと持ってきたのである。
「やな予感はしたんだけど、その予感が的中してさ・・・・両替して支払ったんだ」
集金封筒の中身はすべて990円分の1円玉である。
母子家庭のDくんの家は、決して裕福とはいえない。
まして母親が前科モチの、薬をやっているおうちの子供である。
おそらく、その集金のことは母親は知らない。
そしてその1円玉は、Dくんが必死に集めたものであろうことが、よくわかる。
泥がついたままのものだとか、完全に錆びたものも混在している。
「これ・・・・」
Dは、集金は『ちゃんと支払わねばならないもの』と自覚しているのだ。
母親はどうあれ、Dは正しい認識をもっている。
例えばである。
その1円玉が
神社のお賽銭箱からくすねてきたもの、自販機のうしろからとってきたものであろうと。
その1円玉がお駄賃の残りを必死に集めてきた結晶であろうと。
「俺は、Dを信じてる」
Rは、やるせない感情を抑えて強く、そう答えた。