出血は少ないながらもずっと続いていました。
やっと無くなった?と思っても、また赤茶色のオリモノ・・・
出血を見るたびにやっぱり駄目なのかなと思わさせられました。
心配だったので、頻繁に病院を訪れてしまいました。
嫌な顔をせず先生は見てくれました。
もう今回で亡くなっているかもしれないと思っていましたが、
胎児は成長してくれていました。
成長が遅れるどころか、週数を少し超えている大きさになり、
ついに母子手帳の発行手続きの説明を聞きました。
しかし、この頃からつわりが酷くなり、外出できなくなります。
水分もあまりとれなくなり、先生に相談しに行こう・・・
点滴なり、入院させてもらえるかもしれないと思い
吐き気止めの薬を飲んで、必死で運転して行きました。
座って待っているのも辛くて、ベッドで横にならせてもらいました。
分娩する病院に紹介状を書いてもらって、入院させてもらおうと思っていました。
念のために内診もしておこうということになりました。
運命の超音波検査。
何だかいつもよりも丁寧に診察している気がしました。
先生の言葉は一生忘れないと思います。
「非常に悪い状態です」
非常に悪い?
出血が子宮内で酷いってこと?
いや、それよりももっと・・・
「先週から赤ちゃんは○㎜大きくなっているんだけど、
心臓が動いていないの」
嫌な衝撃が頭に走りました。
ついに、ついに・・・きてしまった
覚悟していたけど、やっぱりショックでした
「○○病院の先生は、自然に出てくるのを待った方がいいって言うけど・・・」
「その時は、痛かったりしないんですか?陣痛みたいに・・・」
不安なことを質問しました。
いつ出てくるかも分からない
大出血するかもしれない
とても痛い思いをするかもしれない
不安でした
それに、完全流産するまで、このつわりにも耐えなければいけない
もう赤ちゃんは生きていないのに。
今までは、赤ちゃんが生きられるかもしれないと思って、頑張ってきたけど
もう耐えられない。
その後は、手術をしてもらう病院を紹介してもらったり、
病院までの道を聞いたり、淡々とこなしていました。
とにかく、しっかり手術を済ませなければいけないと気を張っていたのか
泣いたり、取り乱したりすることはありませんでした。
稽留流産の宣告を受けた私。
一方で、出産するか中絶するか迷っているような人も見かけました。
世の中、本当に色々ですね。
仮にその人が流産宣告を受けていたら、ほっとしたのでしょうか。
それとも悲しんだのでしょうか
と、今どうしようもないことを考えてしまいました。
主人にはメールで伝えました。
「ごめん 流産でした」
「明日、○○病院で手術です。よろしく」
元々、次の日は主人は有休をとる予定でした。
主人はすぐに仕事を早退してくれて、電話をくれました。
「一旦、家に帰って来て。合流しよう」
家に帰り、主人の車に乗り、手術してもらう病院に行きました。