オペアは、個室、食事、毎週140ドルのおこずかいをファミリーから提供してもらう。

そのかわりに、週に45時間(1日10時間まで)のチャイルドケアを提供する。


Give and Take


このようなオペア制度を利用して、

若い女性が、よその家庭に入り、育児や家事を手伝い、

家族について考える機会をもつことは、

少子化が進む日本に、今一番必要なことではないかと

思う。


私自身、このプログラムを知ったのは、25歳のときだった。

20~26歳までという年齢制限があるので、

なんとか27歳の誕生日の目前に、

渡米することができた。


大学を卒業後、在学中に、長期留学というチャンスが

あったにもかかわらず、行かなかったことに

とても後悔した。


何の行動もしなかったことに後悔する。


これは、ホントにやっかいなもので、

ずっと心のなかに、ずっとひっかかって、

前に進めなくなる。


過去の教訓から、私は、このオペアについて

知ったとき、「これだ!」と思い、応募した。


あっという間に時が過ぎたけど、そこで得たものは大きかった。


オペアは、楽しいことばかりではない。

きついこともいっぱいある。


私は、当時、1歳と6歳の男の子をお世話することになった。

彼らは、生まれてはじめて、私が心から愛した子どもたちかも

しれない。今でも、彼らと過ごした日々を思い出すたびに

微笑みと涙が自然に出てくる。


子どもは、大人が考えている以上に、

とっても敏感な心をもっている。


チャイルドケア初日、それは、思っていた以上に、

きつく、楽しいものなんて1つもなかった。


最初の1ヶ月は、何度帰りたいと思ったかな?


でも、最終的に、途中で投げ出して帰らなくてよかった。

心からそう思う。


基本的に、上の子は、8時から15時まで学校に行っていたので、

下の子のお世話がメインとなっていた。


ホストママには、好きなようにお世話していいよ

と言われた。


日本だったら、ああしてほしい、こうしてほしいという

要望を出されると思うが、ここはアメリカ


お昼寝もゴハンの時間も、遊びもすべて私にまかせると

言われた。


自由の裏には、責任がある。


私は、この子たちを安全にそして健やかに保育する責任がある。


自分なりのスタイルを作るのに、3ヶ月くらいかかった。


結果として、両親に喜ばれることになったが、そのプロセスは

とてもきつかった。


具体的な内容については、また明日。

パパから、もう1人で運転してもいいよと

お許しをもらったものの、こわくてぐずぐずしている私。


いつまでも家にいても、仕方ない。

思い切って1人で運転してみよう!


May I use your car?


私の問いかけに、パパが笑顔で、


Sure. Have fun!!!


と応えてくれた。


何かあるといけないから、ケイタイ電話は

忘れずに持っていってね、と言われた。


何も起こらないことを願おう・・・。


2,3回家の周りをぐるぐる回り、

外の世界へGO!


どうかエンストしませんように!!!


日本にいるときは、通勤時間が長かったので、

コーヒーやパン、お菓子を食べながらの運転は、

日常茶飯事だった、。


しかし、今は、そんな余裕はない・・・。


目的地は、うちから車で20分くらいの

メインライブラリーに設定。


1回だけ、ママに連れて行ってもらったけど、

あまり自信はなかった。

だけど、やるしかない・・・。


無事に、ライブラリーまで着き、それから、

ちょっと休憩をして、うちの近所のスタバに行くことに。


思いのほか、順調だった。


と、そのとき、道路が渋滞しはじめた。

私が、走っている車線が、工事のため閉鎖され、

となりの車線に入らなければならなかった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

後ろを見ると、車ががんがん来ている・・・。


ウィンカーを出すと、後ろの車がスピードを落とし、

私を入れてくれた。


Thank you so much!!!


エンストすることなく、スタバに寄ることができた。


スタバから、家までは5分。


さ、頑張っておうちまで帰ろう。

車を動かし、坂道の一旦停止で止まって、

発進したとき、???

車がすーっと後退してしまった。

???


あわててアクセルを踏んだら、エンストしてしまった。


そう、坂道発進に失敗してしまったのだった。


気をとりなおし、もう1度エンジンをかけ、なんとか

家まで帰ることができた。


家に入ると、パパが心配そうに、

Are you Okay???


とたずねて来た。


I am pretty GOOD!!!

I did it!


最初は、こわかったけど、勇気を持って

トライしたら、なんてことなかった。


これから、1年間、きっと、いろんな場面で

勇気を持たないといけないことがあるんだろうなーと

このとき思った。


明日につづく・・・。

まだ、ぎこちないもののなんとか運転の仕方を

覚えた私・・・・。


ホストパパに、「路上の練習をしてみようか?」

と言われ、思い切って外の世界に出てみることにした。


アメリカでは、車は、右車線を走る。


しかし、私は、日本でずっと左車線を走ってきた。


慣れというものは恐ろしいものである。


直線はいいとして、曲がるときやお店などに入るとき、

つい左車線に入ってしまい、パパや対向車を

ひやり汗させてしまった・・・(;^_^A


アメリカの道路ってとにかくストップサインが多く、

まだ、クラッチやシフトチェンジに慣れない私は、

一時停止ごとにエンストしてしまい、後続車にずいぶんと

迷惑をかけてしまった。


一番、迷惑だったのは、交差点で左折するときかな?

ついどぎまぎしてしまって、交差点のど真ん中でエンストを

何度もしてしまった・・・。


ホストパパも、命がけで隣に乗っていたにちがいない。

路上に出て1週間・・・。


パパから、


Good job!!!

You can drive alone whenever you want.


果たして、この運転で、本当に1人で出かけてもいいのだろうか?

しかし、ここで車なしでは生きていけない。

もうすぐ、英語の授業も始まるし・・・。


そして、勇気メラメラを振り絞って、1人で運転してみることにした。


明日につづく・・・。

毎日、夜8時くらいから、私のホストパパによる

Driving Lesson車 がはじまった。


パパも、1度も、マニュアル車を運転したこともなく、

そのうえ、ネィティブでない私に教えるのは、

命がけだったと思う。

なぜ、ママではなくパパが教えることになったのか?


実は、最初、ママとためしに乗ってみた。

ママは、私と同乗し、危険を感じたのだろうか?


You're gonna be okay.....


という言葉を残し、その次からパパの仕事と

なったわけである・・・。


クラッチとシフトチェンジがうまくいかなくて、

何度もエンストしたり、妙な走り方をしてしまった。


それを見た上の子が、


Mommy, why is Daddy's car jumping???


とホストママに尋ねたそうだ・・・。


とにかく毎日、近所をぐるぐるまわり

練習を重ねた。


近所でも、私の存在は有名になってしまった。

毎日、必死で練習していただけなんだけどな。


何週間か練習しているうちにだんだん

こつをつかんだ。


I did it!!!


パパから、実際の道路を運転してみようと

提案され、勇気を出して、外の世界にでてみることに・・・。


明日につづく・・・。

今日は、車の話。

アメリカでは、車なしでは生きていけない。

ちょっと、そこまでコンビニに歩いて・・・、なんていうのは

絶対無理。


日本にいるときは、通勤では車を使っていたが、

市街地の近くに住んでいたので、特に、車なしで

生きていけないなんて思ったことがなかった。


ホストファミリーから、パパとママの車の両方とも、

使ってないときは、使っていいよと言われた。


が、


・・・・・・・


よく見てみると、両方ともマニュアル車である。


がーん汗


オートマ車じゃない・・・。


私は、まだ人生の中で、オートマの車しか乗ったことが

なかった・・・。


どうしよう。

生きていけない・・・(。>0<。)


No Problem.

I will show you how to drive,

and you're gonna be okay soon....


そして、これから、パパさんからドライビングレッスンを

1ヶ月受けることになるのであった・・・。


果たして、まだ英語もちゃんと理解していない状態で、

マニュアル車が運転できるのか!?


明日につづく・・・。

下の子の泣き声と、朝日で目が覚めた。


Good morning!!!


昨日、到着したときには寝ていたので、

今日初にお目にかかることになった、

下のJ。


私を見るなり、にっこりと微笑んできた。


Ummm...

He is so cute!!!


金髪にブルーのぱっちりとしたおめめ。

もうとろけそうなくらいかわいいドキドキ


体調が悪いと聞いていたが、リビングをちっちゃな体で

走りまわっていた。


台所にあるものは、何でも自由に使って食べてねと

言われ、とりあえず、トーストを食べた。

食料はいっぱいあるが、何を食べていいかよくわからなかった。

まぁ、そのうちわかるだろう・・・。


そのあと、ママと上の子Bと3人で図書館へ行き、スーパーに

買い物に行った。


車で10分くらいのところに図書館があった。

小さいといっていたが、結構、大きかった。

近いうちに大きなメインライブラリーに連れて行くねと

言われたが、どれくらい大きいのか想像できなかった。


アメリカの図書館は、本だけでなく、DVDもCDも借りることができる。

この図書館には、のちのち大変お世話になった(*^.^*)


そのあと、スーパーへ・・・。

以前、アメリカに来たのは、6,7年前だったので、

スーパーのこともすっかり忘れていた。


で、でかい・・・。

しかも、みんなめちゃ大きなカートにいっぱいの食料を

買いこんでいる。

まるで、もうこの世にものがなくなる前のような光景だった。


あとあと知ったのは、アメリカの家庭では、

基本的に週1くらいのペースで買い物に行くそうだ。

うちもそうだった。

必要なものは紙にリストを書いておくと、毎週ママが

買ってきてくれた。


近所をぐるっとまわって、帰宅した。

このDyerという町は、2,3年前までは、一面畑で、

なーんにもなかったそうだ。

今では、想像もできない。

車で10分内で、すべての用事ができる、とても

便利な町だ。だけど、車がないとどこにもいけないけどね。


これから、この車で大変な思いをすることになるんだけど・・・。


つづきはまた明日。





研修最終日は、これまで勉強したことを復習するテストがあった。

以外と簡単に終わり、そのあとは、荷作りをすることに・・・・。


これから1年間、お世話になるホストファミリーとのご対面・・・。


出発前に、メールでは、ちょこちょこやりとりをしていたが、

会うのは、初めて・・・。ドキドキ。


16時のフライトで、シカゴに18時に着く予定だ。


午前中に、仲良くなったオペアたちとバスで、空港に

向かった。圧倒的にブラジル人が多く、アメリカに

いるのか、ブラジルにいるのかわからなくなった。


みんなちょっぴり緊張している様子だった。


仲良くなった日本人2人のオペアの子たちと、

フライトまで一緒にいようと思っていたら、

なんと、ターミナルがちがって、空港の係りの

人につれていかれ、途中で連絡がとれなくなってしまった。


がーん


こんなとき、ケイタイがあれば、すぐ連絡できるんだけど、

連絡手段が何もなく、どうすることもできなかった。


それで、仲良くなったブラジル出身の4人とランチハンバーガーを一緒に食べた。

本当だったら、ポルトガル語を使いたいだろうに、

日本人の私が一緒だったので、みんなまだ慣れない英語で

一生けんめい話してくれた。


What nice girls!!!


待ち時間は思ったより長く、コーヒーを飲んだり、お菓子を食べたりして。

みんなでおしゃべりを楽しんだ。


そしていよいよフライトの時間・・・・


みんなとお別れし、シカゴへ・・・飛行機


Have a nice trip, guys!!!


そして、シカゴに到着した。

Baggage Claimのところで約束していたので、

自分の荷物をとり、それから、ホストファミリーを

探した。


いない???


ちょっと不安になり、辺りをうろうろ探してみた。


あれー。


20分後、ウェルカムボードをもったホストママを発見ビックリマーク

写真でみたよりずいぶん背がちっちゃくてビックリした。

そういえば、写真はすべて座ってるものばっかりだったな。

ということにあとで気がついた・・・(笑)


写真では、おとなしそうなイメージだったけど、

実際はとってもユーモアのある面白いお母さんだった。


荷物を車につんで、おうちに向かった。

お母さんは、運転しながら、ずっと私に話しかけていた。

とっても話すスピードが速くて、???って思ったことも

あったけど、なかなか話の内容がおもしろい!!!


このお母さんとならぜったいうまくやっていける!と

このとき確信した。


そして、家に着いたときは、20時近くになっていた。


ホストパパとご対面し、そして、上の子(当時6歳)が

私を部屋に案内してくれた。


お父さんも、超やさしそうな感じで、上の子もとってもかわいい!


下の子(当時1歳)は、運悪く、私が来る直前に、

嘔吐下痢にかかってしまったようで、ぐたーっと

ベッドで寝ていた。


How cute!!!


これから、この2人のお世話をするのかぁ~。


ちょっと不安もあったが、なんだかわくわくしてきた。


NYとシカゴでは、また時差があって、もう体内時計は

めちゃめちゃだったが、一緒にゴハンを食べて、

自分の部屋に行き、超ヘビー級のスーツケースの中身を

整理した。


部屋は日当たりのよさそうなステキな感じだった。

ベッドもダブルだし、落ちることはなさそう。


これからここで1年生活するのか・・・。


そう思って、眠りについた・・・。


つづきはまた明日・・・。

4日目は、自国紹介のプレゼンテーションがあった。

3日目まで、超ダウンしていた私。

しかもプレゼンの準備もしていない・・・。

さいわい、このワークショップで仲良くなった日本人2人の子たちが、

前日に準備してくれていて、折り紙紹介をした。

その他、いろんな国の子から、「日本語で私の名前を書いて」と

何回も頼まれた。そして、書いてあげるととってもよろこんでいた。


That's so cool!

Thannk you very much!!!


漢字の成り立ちの話をすると、とても興味深そうに

聞いていた。


他の国の子たちは、ダンスなどを披露し、

音楽と一緒に本当に楽しむことができた。

唯一、研修で楽しかったことかも?(笑)


プレゼンが終わるころは、気分不良もすっかり治っていた。


明日は、研修最終日で、午後からはシカゴへ飛び、

ホストファミリーと対面になる・・・。


ドキドキ。緊張の瞬間である。


つづきは明日・・・。

眠い、そして気分悪い・・・。

時差ボケを治すには、日光に当たるのが一番らしいが、

研修は最悪なことに地下の教室で行なわれた・・・。


がーん汗


ホント、次から次に先生はテンポよく授業をすすめて

いくが、頭がボーっとして何も入らなかった。


窓のない地下の教室。

そこにオペアたちのそれぞれがつけている香水のにおいが、

ミックスし、それが、私の吐き気をもよおした。

トイレと教室のいったりきたり。

ついにダウンして、部屋のベッドで寝ていた。

まわりの子たちもしょっちゅう教室を出て休んでいるようだった。


もう最悪だった。

結局、5日中2日間くらい寝込んでしまい、NYを楽しむどころ

ではなかった。


ときどき、気分転換に、外を散歩してみたけど、

NYの街ってホント、ステキドキドキ


オペア中は、いろんなところに旅行に行ったけど、

NYにまた行くことができなかったので、

今度行くときは、もっと楽しみたいなー。


夜に一度だけ、エイジェンシーが企画してくれた

周遊バスでNYの街を観光したけど、暗かったし、

何がなんだかよくわかんなかった。


研修中は、いろんな国の子と友達になれたv(^-^)v

なかでも、タイの女の子たちはめっちゃ優しかった。

あのとき知り合った子たちとは、今でも連絡をとってる。


ホント、たった5日間だったけど、あのとき、同じきつさを

味わった私たちは、昔からの友達のような親近感を

もった。


もちろん日本人の2人とも今でも、連絡を取り合っている。

2人は延長して、まだアメリカにいるが、また日本で

再会できるといいな。


I hope I will see them again in the near future!


研修4日目に、自国の文化を紹介するプレゼンテーションが

あった。


つづきは明日・・・。

オリエンテーションが終わり、夕食をとり、部屋に戻った。

研修中は、オペアと部屋をシェアすることになる。

私のルームメイトは、ブラジル出身のSuelenという21歳の

かわいい女の子だった。


若いけど、しっかりしてそうな子で、私と同じシカゴ地区に

行くことがわかり、さらに親近感がわいた。


ブラジルとアメリカは時差は1時間だそうで、彼女は、夜ぐっすり

寝ていたが、私は、2,3時間寝ると目が覚めてしまった。


I can't sleep at all!!!。(´д`lll)


眠れない・・・。

完全な時差ボケだ。


明日から、すごいスケジュールで研修が始まるというのに・・・。

あせればあせるほど眠れなくなった。


Good morning!!!晴れ


一睡もできないまま朝が来てしまった。


ぼーとしたまま、朝食をとり、研修が行なわれる教室へ

行った。そこで、もう1人日本人のオペアを発見ドキドキ


まわりを見ると、やはり同じ国どうしで固まっている。

カフェテリアでも教室でも、いろんな国の言葉が飛び交っていた。


ポルトガル語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、タイ語、スワヒリ語

などなど、それぞれの言葉を使っていた。


研修は、もちろん英語ですすめられた。

英語が早くて聞き取れない・・・。

講義についていくのも、グループディスカッションについていくのも

必死だった。


英語力ってホント必要に迫られないと、本当に伸びないんだなーって

このときつくづく思った。


これから、1年間、英語だけの生活に耐えれるか・・・?


不安でいっぱいになったが、まわりの女の子たちと

話していると、みんなわかってそうで、


「実は私たちも半分くらいしかわかってないのよ」

「あなたはとっても英語が上手でうらやましいわ」


って言われた。


The grass is greener.

(となりの芝生は青い)


ネイティブじゃないんだから、

英語がうまくなくて当たり前。

そう思ったら、すこし、楽になった♪


これから、1年間でがんがん頑張るぞ!!!

そんな気持ちになった。


時差ボケに苦しみながらも・・・・。


明日につづく・・・。