「私の心にそっと触れて」劇評1 | メメントCの世界

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「私の心にそっと触れて」劇評1

日刊ゲンダイの山田勝仁さんから、早速に初日観劇のご感想をいただきました。

 

日、20日のチケットは売り切れで、21日、22日はご観劇できます。是非、ドラマをご体験ください!

 

 

『シアター新宿スターフィールドで上演中のメメントC +山の羊舎共同企画「私の心にそっと触れて」(作=嶽本あゆ美、演出=山下悟)

 2時間30分という上演時間に一瞬怯んだが、名取事務所「灯に佇む」もそうだったが、始まったらまったく時間が気にならないばかりか、瞬く間。

 現代医療をテーマにした舞台は自分の年齢になれば多かれ少なかれ実体験になってしまう。今作は認知症がテーマ。これまた身近な問題だ。不思議な事に今日、闘病している人の写真が家族から送られてきたばかり。寝付いて久しいので、コロナ禍で見舞いにも行けず、いつも気になっていたのだが、写真を見たら目に光が宿り、見舞う相手をしっかり見つめていた。知り合いが話しかけたら笑うような表情をしたという。その事を聞いて嬉しくて電車の中で涙が止まらなかったのだ。寝たきりになったら意識がないものと思っていた自分の無知を恥じる。

 その事もあってか、まるで我が事のように舞台に没入してしまった。

 多分、途中から主人公に同化していった。それはもしかすると明日の自分かも知れないのだから。

 物語は大学病院の神経内科医、清棲滋(外山誠二)が退職し、妻(白石珠江)と念願の世界一周のクルーズ船で第二の人生に踏み出そうとする日から始まる。

 一人娘の清棲理子(茜部真弓)は弁護士でバツイチ。2人の子どもがいる。近々、製薬会社プロパーの鈴木聡(石井英明)と結婚する予定だが、父にはまだ知らせていないため、ちょっとしたトラブルに。それを宥めるのは滋の大学時代からの親友丸山辰夫(佐々木研)。

「今日は楽しいことだけ話しましょうよ」と取りなす。彼の妻は重いリューマチで闘病中なのだ。

 滋の秘書役で付きっきりの曽根村久恵(田村往子)と滋の間には秘密の匂いが。

やがて滋の認知症は顕在化し、周囲を巻き込んでいく…。

父と娘、妻と夫、娘と再婚相手、ケアマネジャー、そして、理子の前夫で、ある医療事故から医師をやめた岩井浩一(山王弥須彦)、ケアマネージャーの藤井陽子(日沖和嘉子)、フィリピン人介護士ジャニス(蓑手美沙絵)ら、さまざまな人間関係を織り込みながら物語は進んでいく。

 滋の妄想の中に登場するかつての患者、ピアニストの小林光子は駒塚由衣。滋を虜にするエロチシズムが漂う。

 この舞台の要は何と言っても認知症の外山の演技。記憶がしっかりしている時と認知症が入る時の演技の絶妙なグラデーションが素晴らしい。瞬時に意識が入れ替わる。表情、目の動き、口元の変化などで「正常」と妄想が往還する。スターフィールドの小さな舞台。目の前に患者と相対しているような気持ちになる。外山誠二の舞台は何度も見ているが、今回の入魂の役づくり、演技は演劇大賞ものだろう。

 妻の白石珠江の演技も見事。夫の女関係の不行跡を知りながら目をつむり賢妻を演じてきたものの、夫との老後の楽しみを奪われる。それでも夫婦の絆はしっかりと結ばれたまま。

「心は脳に宿るものではなく、指先、髪の毛一本一本にも宿るものだ」という意味のセリフが冒頭に出てくる(正確ではない)が、最後のシーンはそれを体現する。妻の手のひらの先にある温もりと慈しみ。

 心が脳髄から離れたとしても手のひら、指の一本に心は宿り、それは相手に伝わる。

アフタートークで客席から「リア王」との類似性が問われたが、嶽本さんの答えたモチーフはリア王ではなく、別の作品。

 女は約束を破ったために、記憶が指の間から砂がこぼれるように落ちて消えてしまう。記憶を失くした彼女は再び「初めて」彼に会う。そう、ジロドゥの名作で劇団四季のレパートリー。あえてタイトルは言わない。

 これは妻が再び「初めて」夫と出会う愛の物語なのだ。

さて、認知症といえば、若い時はまったく無関心。

テレビドラマ「それぞれの秋」で、小林桂樹演じる父親が錯乱して「俺はジーパンが履きたかったんだ」と叫ぶシーンが思い浮かぶ。あれは認知症ではなく脳腫瘍による惑乱だったか。

 あのシーンを思い出すたび、「絶対に認知症にはなりたくない」と思った。

 なぜなら、それまでの自分の後悔やホンネがダダ漏れするから。

 誰しも後悔はある。それは言ってはいけない事も含む。

 もし、それを言ってしまったら…。だから絶対に認知症にはならない。

おっと、話が逸れた。

ともあれ、素晴らしい舞台だった。12月に入ってから珠玉の舞台が続く。

 この作品は間違いなくトップ5に入る。迷っている人、これは絶対に見るべき芝居です。22日まで上演。』