イギリス人の病気の夫と看病する妻
駄文です。
先日、デビット・ヘア氏の自身がコロナ感染になり生還して話のリーディングを、坂手氏が講演していました。とても面白かったので感想と、その時に思ったことを書いておきます。全国講演もあるそうですので、お近くである方は聴いてみてください。
講演を聞きながら、やはりイギリスはコロナの本場で大変なのだなあと思いつつ、同じように役にたたない政府はいずこも同じなのか、とがっかりしたわけです。ジョンソン首相と言う人に興味がないので、あまりイギリスのことをこの一年、考えませんでした。
インフルエンザもそうですが、なる人もいれば、ならない人もいます。それには理由はないのですから、「ウイルス憎んで人を憎まず」でないと、世の中はおかしくなってしまいます。
講演によれば、ヘア氏はコロナに感染し、15日目に快癒したとあり、その間、奥さんの看護を受けていたわけです。その逐次にわたる病状がリーディングで語られていて、まあろくでもない病状に「これは大変だ」という警戒を新たにしたのです。しかしながら、話を聞く中で、最も関心が高まったのはヘア氏の容体ではなく、その奥さんは、なぜ感染せずに、ヘア氏の面倒を看られたのか?ということでした。具合が悪いという夫を看病し、良くなったら良くなったであれが食いたい、これがいいという要求を満たしてくれる奥さんはヘア氏の天使でしょう。
病気の話は様々な記憶を呼び起こします。講演の中で、「馬の抗生物質」を飲んだとあったので、それはイベルメクチンのことだろうと推察しました。何を隠そう、私も、ある日、濃厚接触者だと言われ、陰性にも関わらず恐怖に負けてイベルメクチンを飲んでしまった(無保険、並行輸入)人間なので、ヘア氏が、「どぶの様な味と、嘔吐、腹痛」と繰り返すたびに、「それはコロナじゃなくてイベルメクチンの副作用だよ」と思ったのでした。
白状すると、私は4mmを3回飲んで、そのように、お腹を壊しましたし、もう何も食べたくなくなりました。
それで、当初の目的の、コロナに罹らないことは達成できましたが、びくびくしないで、そのままにしていてもよかったのかもしれません。一言いうと、抗生物質なので喉が痛いなあ~~と思っていたのは、すぐに痛くなくなりました。
これは、気のせいのか、抗生物質のお陰なのか分かりませんが、3日目にまだ喉が痛くなったので、またかじって4ミリを飲みました。という事を繰り返し(一番悪い抗生物質の飲み方)3回飲んだんですよ。
で、ヘア氏のような気持ち悪さに陥ったのです。で、やめました。私はずっと陰性でした。抗原もPCRも、だからどうしてそんなことをしてしまったのか、自分でも良く分かりませんが、恐怖というのはどんな滅茶苦茶なこともさせてしまうのでしょう。
世の中には諸説あります。何事も噂というのは真に受けるものではありません。
確かなことは、病気になった夫を看病していた妻はコロナに感染しなかったということで、ヘア氏は自分のことを書くのではなく、その奥さんのことを書いてくれたらいいのに、と思った私でした。そして、何ともないのに、余計な薬は飲まないに限るということです。
私は幼い頃から、抗生物質ばかり飲んでいたため、20代後半であらゆる抗生物質が効きにくくなり、とても苦労しました。
それから、10年ほど抗生物質を飲まないようにして、今では全く飲まない年さえあります。
その代わりといってはなんですが漢方薬をずっと飲んでいます。効いてるのか効いてないのかよく分かりません。
人間は絶対に、いつか死ぬので、それを先延ばしにしつつじたばたと生きています。
やりたいことがあったり、心残りがあったりするのですが、大したことをしているわけではないので、結局のところは、どうでもいいのです。はっと気が付くと自分のことばかり考えないで、若い人や次の世代のことを考えろ!と思い直したりします。
こんな面白くない世の中、昔に比べて富が偏在し、より縁故主義がはびこる世の中は無名の若者は生きずづらいでしょう。
そして、何か世間に向かって行く時にスタート地点で、すごく差がついています。生まれや環境や親のせいで。
最近、高校でも芸術の専門科が増えて来たのですが、この世の中はそういう芸術が芽を伸ばしていく隙間が無さ過ぎます。
そして、文化庁などでも補助金や助成金は実績のある人や大きな経営ができる集団へと集中しています。
実績というのは、ガチンコで作るのが一番です。でも、ガチンコで作った実績はそこから他者へ利益を生まないので孤発でおわります。
そんなことは、わかってるよ、と既にいろんな賞をとった音楽家やバレエダンサーは思っていると思います。
活躍するためには、よほどの運が才能と同じくらいなければ、演奏したり踊ったりする場はありません。(日本には)
チャイコフスキーやショパンコンで3位までに入っても、自分で自分のコンサートを売らなければならないのが、日本の市場です。
縁故によって評判が作られ贔屓が増えるのが日本の芸能の伝統だからです。
私は副業で歌を教えていますが、沢山の才能に出会います。生まれ持ったものが凄い人、努力する力が凄い人、沢山います。声はいいけど、ソルフェージュの訓練が出来ていない人、声がいいけど内容が無い人。山のように聞きました。
ずっと長く残る才能は何だろうかと思うと、苦手なことを努力する意思の力、それとやはり才能でした。
若さや美しさは一瞬ですが努力する意思は、死ぬまでその人を輝かせるでしょう。
ヘア氏の闘病記を聞きながら、その社会の裏のことを考えていました。
妻が看病するのは当たり前なんだろうか、妻が居ないし人はどうするんだろうか、誰かに頼らないと病者は大変です。
このものすごくいびつになってしまった社会はどうなるんでしょうかね。
後遺症を抱えた人も増えるでしょう。
オリバー・サックス先生の「レナードの朝」にもあるのですが、スペイン風邪が世界中を痛めつけた50年後にまでその影響は及んでいます。もっともっと長く災厄が続くのかと想像するとぞっとします。
個人の努力ではどうしようもない社会、本当はもっとよい21世紀が来ると思っていたのに。
どうしてこうなんでしょうね。
台風が来るようですのでおきをつけください。