About love (1) | メメントCの世界

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About love (1) ・・・ 嶽本 あゆ美

 まだ出演者紹介が途中ですが、閑話休題

 今回、無謀にも大人のラブ・ローマンス「ともしび」に挑戦している私達ですが、最初にこの小説を読んで、軽く足元を浚われた爽快感はかなりのものでした。といって、先に原作を読まれては困るので、似たような話をご紹介します。(笑)

 チェーホフの短編の中に、「恋について」という物凄く短いラブ・ローマンスがあります。粗筋ですが、やっぱり中年以降になった男が過去の恋愛を物語るというスタイルです。主人公の男は若い頃には、学歴もあり男性としての魅力もあったのですが、父親の残した農園の負債の為に妻も娶らず、農場で寝る間も惜しみ、召使達と寝起きを共にして働かざるを得なくなります。それがある時、町で陪審員を務めた際に知り合った判事の家に招かれます。判事には、ブロンドの若い妻がいて、年の離れた判事との間に二人の子供もいます。主人公は判事夫妻に好かれ、度々客として招かれます。そうして何年もするうちに家族同様の付き合いになるのですが、その判事の美しい若い妻に惹かれながらも、男はある一線を絶対に踏み越えません。夫が留守でも、二人の間はプラトニックな会話で、親密さだけがこんこんと降り積もり、想いが濃くなっていくだけです。

 そうこうする内に、若い妻は精神を病んで地方へと療養に出かける事になります。その分かれ際のプラットホームで、見送りの客に交じっていた男は、妻が忘れたバスケットを届けに停車中の客車に乗り込みます。コンパートメントで二人っきりになった男女は、激情のままにキスを交わし、しかしそのまま分かれて行きます。その瞬間、男は自分を縛っていた世間の概念やら道徳がどれほどバカバカしかったかを悟るのですが、もう後の祭り。二人は二度と会うことなく、男はその思い出話を往診の帰りに訪れた医者に語ったわけです。

 女は男を愛していたわけですが、男が手を出さない、だから女の自分も耐える、耐えて耐えてノイローゼになっちゃったんですね。先にギブアップしちゃって、男の美しい思い出話の一つにされてしまったんですよ。ここで、おっと待てよと思うのは、女が精神を病むほど耐えられなかったのは、愛されていないという確信ではなく、自分が愛されているにも関わらず求められないというストイックな状態に、男が誠実であればあるほど押し込められてしまったからです。今より道徳や宗教の締め付けは厳しいながらも、浮気に走る人妻をチェーホフはたくさん書いてます。「犬を連れた奥さん」もかわいい顔して大胆です。この人もやっぱりブロンド。

 では、人妻が男と実際に不倫に走ったらどうなっただろうか?①飽きるまで続く②良心の呵責に耐えられずにやっぱりノイローゼになる。③手に手を取って新天地へ逃げる。
 一つ一つ検証してみると、ます1番は月並みで、後に残るのは屑のような感情でしょう。最初の高尚な愛は霧散してしまい、お互いの嫌悪だけが残ったでしょう。②は何も起こらなかった場合と似たり寄ったりですね。では劇的な③は?

 答えはやっぱり①に戻るでしょうね。人間は飽きる動物ですから。それとも、貧しいながらも奇跡の愛を見つけられるか?
 ここで突然ですが、夏目漱石の「門」を読むとがっくりします。手に手を取って逃げた二人は、日の当らない崖下の家で湿っぽい暮らしをしています。役場の官吏の給料でようやく糊口をしのぐ夫婦。恵まれた生活の中では宝石のように光り輝く女も、貧しさの中では段々キメが粗くなっていきます。話が飛びすぎた・・・・

「恋について」の主人公は、別離のキスとプラトニックを貫いた愛のお陰で、年取った今もそこに立ち返る事ができます。訪れた客にその話を語る事で、自分の最も美しい時を蘇らせるのです。
女はそのまま再起不能だったようです。思い出は糧にはならなかった・・・そうしてみると、男の方がロマンチストなのか?さて、「ともしび」はどうでしょうか?

(つづく)