第六病棟準備稿 ・・・ 嶽本 あゆ美
御無沙汰しておりましたが、何やら陽気が春めいて参りました。休眠しているかのように見える私・作家ですが、冷たい雪の下でせこせこせこと執筆をしておりました。それで、こないだ、準備稿を書きあげたところです。といっても、これからまだまだ田中とのコラボで書き直しますが、全体像が見えたというか、第六病棟の構造が組みあがりそうな気配です。この第六病棟ですが、チェーホフの「六号室」という中編小説を原作にし、私のカラーと私情に沿ってかなり脚色をしております。
そして仮チラシもできました。すでに、黒テントが先行上演する文字通り「六号室」の公演に折り込みして参りました。黒テントを御観劇の方、ぜひ、メメントC版もご覧下さいね!
実は昨日、それとは全然違う作品を青年劇場にて団内リーディングして頂く機会を頂きました。題名は「太平洋食堂」で、2009年に青年劇場創立45周年記念戯曲賞で佳作を頂きました。が、万年佳作女の私、詰めが甘く、これじゃあ上演は無理だね、と言われ、改稿に改稿を重ね、稽古場でリーディングして頂く日を迎えたのです。執筆を始めて四年目に入りましたが、稽古場で三次元になった主人公(相当かっこいい)に思わず涙してしまいました。この作品は今から百年前の大逆事件という史上稀にみる冤罪事件に巻き込まれて死刑となった、和歌山県新宮の医師・大石誠之助をモデルにしたものです。彼はアメリカ留学中に、コックとして働きながら医学を学び、帰国して故郷の新宮に医院を開業しました。それに飽きたのか、しばらくして洋食料理の店を太平洋を望む高台にオープンしました。時は日露開戦の10月、世間は戦争で盛り上がっていましたが、誠之助は一人、平和主義の孤塁を守ろうとしたようです。彼の生き方、悪戦苦闘ぶりがチェーホフの「六号室」に出てくる、ドクトル・アンドレイ・エフィムイチと共通項が多々あるし、彼自信も六号室を英書で読んでいて、よく冗談のネタにしていたそうです。日露戦争後に、自分の周囲の社会的現状を打開しようとしても、世間の圧迫がどんどん強まって、チェーホフのいう、絶体絶命のマジック・サークルへと、誠之助自信が落ち込んで行ったのです。たぶん、誠之助と出会わなかったら、私も六号室を上演したいとは思わなかったでしょう。その大石誠之助のヘンテコリンな性格と人生は、六年前から私のハートをむんずと掴んで離さないのです。さて、この愛が報われる日がくるのはいつか?