父の七回忌 | 日々の出来事

父の七回忌

6年前の今日、父がなくなりました。

ずっと肺気腫と言われて、
毎月通院で、
肺気腫症状が進まないように
薬を出してもらっていました。
でもある日、
脇腹が痛いと言い出して‥‥。
数ヶ月に一度、
定期的に血液検査やレントゲンを
受けていて大丈夫だったのに、
年明け早々、
そのような症状が出たから、
家族皆で
『どっかにぶつけた?』
『筋肉痛?』
なんて言ってたなぁ〜。
本人も
『ちょっと捻ったのかな?』‥‥と。
と言うのも季節は冬。
肺気腫ながらも雪かきをしているから
そう思ったんだと‥‥。
土日に痛みが増したようで、
兄に救急外来に連れて行ってもらった。
『骨に異常なし』
ということで安心していたようです。

そんなこんなで、
いつもの通院している病院へ、
ちょうど薬もなくなる頃で行った。
脇腹が痛くて救急外来に行ったこと、
まだ痛みがあることを伝えたら、
レントゲンと血液検査をしたらしい。
翌日に電話が来て再び病院へ。
そこで
『キチンとした検査が必要だ』
と言われてCTのある病院へ行った。
この時点では
『大したことがない』と
本人は思っていたんだけど、
病院から帰ってきたら
『奥さんも呼んでください』
と言われた。
父が何かの検査をしている間に
母だけ呼ばれて告知。
母は隠しておけないから
父に言ったんだって‥‥。
病院には車で行っていて、
帰りの車の運転で父は
手が震えていたらしいです。

それからは私達に連絡が来て、
検査で転院するからと言う事で
私も転院先について行った。
直ぐに入院するように勧められた。
私は
『そんなに悪いの?』と‥‥。
だって肺気腫で息は切らしているけど、
酸素ボンベを持ち歩いてもいないし、
勿論家にも置いていない。
普通に歩けるしご飯も食べれる。
どうなっているのか?
全然状況が分からなかった。
一週間後には入院して色々検査をして、
最終的には『小細胞肺がん』と診断。
その時に脇腹の痛みは癌によるもので、
さらに肝臓にも転移していると‥‥。
父は肺気腫から肺がんになり、
肝臓にも転移をしていたんです。
ステージや余命は、
父が亡くなるまで
家族誰一人として聞かなかった。
だって治ると思っていたから‥‥。

その病院では、
抗がん剤も一度だけしました。
どんどん食べれなくなって
2回目の抗がん剤を父は拒否。
きっと辛かったんでしょうね。
そうなると病院は在宅医療を勧めてくる。
要は治療をしないのであれば、
定期的に通院して自宅に帰ったほうが良いと言うことらしい。
その準備として、
一度だけ外泊で家に帰ってみたけど、
老老介護ってこういうことなんだ!
と私も兄も通観した瞬間でした。
一泊だけだけど、
私も兄も実家に泊まっていたから‥‥。
これは母も倒れてしまうなぁ〜と‥。
父は家に帰りたがっていたけど、
これは心を鬼にして、
先生と看護師さんに相談。
長期療養型の病院へ
転院することにしました。

転院後の初診察で初めて知ったこと‥‥。
先生が
『一番最初の病院から○○病院に来たときには既に余命3ヶ月だったんですよ』
とサラリと言った!
要するにステージ4で余命3ヶ月。

何となく私も分かっていた。
だって今はネット社会です。
携帯で色々調べれますよね?
小細胞肺がんで肝臓転移しているだけで、ステージ4になる。
でもどこかで
父は違う!
と思っていたというより、
思いたかったんです。

1月に前病院に入院してから考えると、4月ってことになる。信じられなかった。
だからって訳じゃ無いけど、
前々から家族で話をしていて、
兄も私も連休になるから
『GWには外泊をさせてもらってゆっくり家で過ごさせたい』
と伝えたところ、
『そこまでもつかな?』
といわれてしまった。

転院して約一週間後、
GW前に亡くなりました。

色々な病院を転々とさせて、
母を守るためとはいっても、
もう一度だけ家に連れて帰りたかったなぁ〜って思います。

これが唯一の後悔です。

どうすることが正解だったのかわからないけど、皆さんも後悔の無いように‥‥。